リンク

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雑記として、このブログの一部の記事の構成を明らかにします。内容的には、本当にどうでも良い内容です。よって、別に、読まなくてもよいと思います。もし読みたい人がいればどうぞ。

photo-credit: syui



始めに



少し前に書いた記事は、それぞれにリンクしています。具体的には、以下の記事です。


習慣を変える方法


のび太のママが嫌いだ


便利ツールを使いこなす上で、大切なこと


リンクとは



私が、よく使う言葉に リンクという言葉があります。通常は、URLのことを指すことが多いのですが、この記事では違います。この記事では、リンクとは、繋がりや関連性を意味します。


私は、記事中に様々な関連性や繋がりを潜ませ、ある種の到達点を設定することが稀にではありますが、存在します。到達点とは、記事中にあるキーワードを追っていくと、自分が本当に言いたかったことにたどり着くというものです。


そして、このような記事を書くときには、Twitter上で、リンク、リンクと騒ぎ立てます。(これからは、少し自粛したい...)


ブログを書き始めた当初からやっていますが、今回は、具体的にどのようなリンクが存在し、それがどのようにつながっていくのか解説していきたいと思います。


なぜこのようなことをするのかというと、単に自分の心に従っているだけです。よって、かなり適当な部分があるかもしれませんが、一応見て行きましょう。





では、最後のリンク、始まります。


伝えたいこと







実は、リンクを設定した記事には、伝えたいことが1つだけあります。それを伝えたいがため、様々なテーマで書きます。上の場合だと、具体的には、以下が伝えたいことになります。


やり方を変えないほうが良いという考え



ここで、何が正しいのかわからない状況では、一貫性がものをいいます。

つまり、コロコロと意見を変えるよりも、ミスってもいいから、自分が正しいと信じた方法を続けることのほうが大切だということです。

これは、例え自分の考えが結果的に間違っていたという場合でも、コロコロ意見を変えるよりは、得るものが大きいし、正しい選択だと考えています。




やり方を変えたほうが良いという考え



したがって、ある事柄について、結果を出すには、何度も何度も同じやり方を試すのではなく、時にはやり方を変えてみるといいもしれないと考えます。




リンクを追う



問題提起



以上の記事中に書かれていることは、実はどれも矛盾した考え方です。





なぜ矛盾しているのかというと、どちらも一概には言えない問題だからです。つまり、ケースバイケースで、やり方を変えたほうが良い場合と、続けた方が良い場合があるということです。分かりやすく言うと、「健康のためには、スポーツは続けたほうが良いけど、タバコはやめたほうがいいね」ということです。


ここで、何を続けて、何をやめればよいのかを判断するための基準があれば、とても便利です。


では、何を基準にするのか。それは、リンクを追っていけば、私が言いたいことに繋がるようになっています。しかし、この繋がりを捉えられた人は、多分存在しないか、いたとしても1, 2人でしょう。はっきり言って、難易度MAXです。気づく人は、まずいないだろうなという感覚で書いていますので、当然かもしれませんが...。念のため、私のリンク設定に気づいたから優秀とかそういう話ではありません。


私の場合、リンクは、主に後から書いた記事に入れ込む修正があるようです。ここで言うと、のび太ママの記事ですね。






繋がり



では、具体的にリンクを追って行きましょう。


はじめに、リンクを追っていく過程でとても重要な視点があります。それは、「人」ということです。人というキーワードは、以下を追っていただければ、たどり着くようにしてあります。注目すべきキワードは、 vimです。


いつかって、いつなんでしょうね。「いつでしょ」 (元ネタ:Lingr/vim)




これは、同時に書いたQiitaの記事に繋がるようにしてあります。
(意図せずか、意図してかわかりませんが noromanbaさんがリンクをさらに繋がりやすくしてくれています。すばらしい!)


私が便利ツールを使いこなす上で、大切にしていることは、「人」です。




では、「人」に注目して記事を見ていくと、以下の様な記述があります。


その理由は、「こいつ、馬鹿だ」と思うわけです。(元ネタ:リトルバスターズ!)




注目すべきは、 リトルバスターズ!というキーワードです。私は、恋愛ゲームでは、この作品しかプレイしていません。






このリトルバスターズ!をプレイしていて、最近、素晴らしいブログに出会いました。そのブログの管理人さんは、私と似たような考え方をしています。簡単に言うと、以下の様な考え方です。


作者がどのような意図で作ったのか、それはあまり大切ではない。本当に大切なのは、ユーザーが何を思い、感じたのか。



私もそのとおりだと思います。


さらに先へ



それを踏まえて、なおも作者の意図、つまり私の意図した場所にたどり着きたい場合は、以下のリンクを追ってください。


例えば、「ひとつのやり方を試してみて、うまくいかないようなら、やり方を変えてみたほうが良い」(自作)という言葉があります。




ここで重要なキーワードは、 自作です。私は、自分が作った言葉などは、たまにですがTwitterでつぶやいたりしています。そして、いったいどのような言葉から、これらの記事が始まったのかを見ていくと、以下のツイートにたどり着きます。









リンク設定したすべての記事に言えることですが、私は、自分の答えを始まりの場所に置くようにしています。その理由は、全てのものは、もと来た場所に還ると考えるからです。


ここでは、始まりの場所がTwitterのつぶやきということになりますが、他の記事では、冒頭に答えが隠されていたりと、色々なパターンがあります。しかし、本質としては、もと来た場所に還るようにリンクは設定されています。つまり、たくさんの繋がりを追って、最終的にたどり着くのは、もと来た場所ということになっています。よくある話ですね。


例えば、私は、かくれんぼでも、鬼のすぐ近くに隠れるという特徴がありました。なぜなら、それが一番見つかりにくいと考えていたからでしょう。鬼というものは、通常は、目を隠し、数を数えて一定時間動かないという制約を課されています。そのような場合、制約が解かれたら、鬼の人は、一番に何がしたいと思いますか。私は、とにかく自由に動きたいという人がほとんどではないかと考えました。そのような場合、鬼の人は、たくさん動く可能性が高くなり、鬼の人が動けば動くほど、自分から遠ざかっていくため、逆に見つかりにくいのです。どうやら私は、隠したいものは、目の前に置いとくタイプなようです。


以上のようなこともあり、これが私のやり方です。様々な関連性が散りばめられた記事を書くことがあるけれど、それを追っていくと、もと来た場所にたどり着くという構成をとっています。つまり、隠されたものはほとんどの場合、目の前にあるわけです。


もし手っ取り早く、私が考える答えにたどり着きたい人は、非常に簡単にたどり着けるということです。


ちなみに、リンク設定した記事は、自分の考えを隠しますが、通常の記事は、本当に伝えたいことをストレートに出しています。


もと来た場所



では、リンクを追っていた先、最終的にたどり着く場所は、それほど価値があるものでしょうか。


私は、そうは思いません。なぜなら、私は、基本的には以下の様な考え方をする人だからです。


私は、何かしらの結果については、それほど重視しないことが多いです。




これは、最終的にたどり着く場所は、それほど重要ではなく、リンクそのものに価値があるという考え方に繋がります。つまり、結果はそれほど重要ではなく、その過程の方が重要だということです。つまり、リンクの先にあることは重要ではなく、リンクそのものや、リンクを追うことのほうが重要だということです。そして、私としては、出来れば、そっちのほうをやってほしいと考えています。


もちろん、人それぞれ好みのやり方というものがあるでしょうし、記事をどのように読もうとそれは自由です。ただし、「あ、この部分は、あれと繋がっているのかな」などと考えたりすることを楽しんで貰える人がいるなら、これほど嬉しいことはありません。


結論



長くなりましたね...。


では、そろそろ問題提起の結論を書いていきたいと思います。


この記事では、まず、矛盾する2つの記事があって、その矛盾をどのように解消するかを考えて来ました。具体的には、「ある方法を続けるか、止めるのか判断する基準は、一体どうすればよいのか」ということです。


そこで、この記事では、リンクを追って、それがどのように、そして何に繋がるのか見て来ました。なぜなら、リンクの先には、上の問題について、私が考えた答えにたどり着くように設定してあるからです。


リンクを追うと、「vim」 > 「Qiitaの記事」 > 「人」 > 「リトルバスターズ!」 > 「とあるブログとその人の考え」に繋がりました。そのブログには、「作者の意図ではなく、読者がどのように考えたのかが大切」というようなことが書かれていました。これは、私の意見と同意見です。


それを踏まえて、私の考えというものがあります。これは、「自作」 > 「Twitterでのつぶやき」につながります。これにより、私が書く記事は、もと来た場所に還る構成を採用していることが明らかになりました。


補足ですが、何の説明もなく、この構成を明らかにするには、本来なら、いくつもの推測を経て、何度かの当たりを確認し、初めて確信に変わるという過程を経なければなりません。しかし、その過程をこの記事を書くことで省略しました。


話が少しそれました。話を元に戻しますと、記事では、「もと来た場所に還る」という構成を採用していることが明らかになり、2つの記事の始まりは、「自分の心に従え」というつぶやきにあることが分かりました。


以上より、「ある方法を続けるか、止めるのか判断する基準は、一体どうすればよいのか」は、「自分の心に従うという基準を設定すれば良い」というのが私の考えです。


これは、なんの基準も立てていないのと同じじゃないかという人がいるかもしれませんが、それは違います。何となくではなく、自分の心に従うことを意識するのでは、天と地ほどの差があります。例えば、以下のつぶやきがあります。









最後に



今後もたまにこのようなリンクを含んだ記事を書くので、その時は、「ここのキーワードは、あれに繋がっているかもしれないなー」とかを何となく考えていただければ、面白いかもしれません(ご期待に添えるかどうかは、かなり疑問ですが...)。


すべての物事は、繋がっています。もし繋がっていなければ、繋げるまでです。それが私にとってのリンクであり、リンクの目的です。


それでは、最後のリンクを終わります。では。