麻生太郎副総理の憲法改正における国民投票の国民態度に関する発言について

Social_Media_DimSum --Social Media Small Plate Style
タイトル分かりにくいですね。最近話題になっている「憲法改正についての議論は、冷静な状況でやるべき」という発言について考えたいと思います。

photo credit: The Daring Librarian via photopin cc


問題提起



麻生太郎がナチスを肯定しているかどうかが一瞬でわかる日本語。


上の記事を読んで、全くもってその通りだと思います。よって、今更ですが、この件について自分なりの考えをまとめておきたいと思います。


具体的には、麻生太郎副総理の憲法改正時の国民態度に関する発言について、私は、どのように考えるかです。


前提



発言の趣旨



政治家の発言、一般人の発言、経営者の発言、世の中には様々な発言がメディアを通して、私達に伝えられます。


ここで、一番重要なのは、私は、「発言の趣旨」は何処のあるのかだと考えます。


そして、一連の麻生太郎副総理の憲法改正時の国民態度に関する発言についての発言の趣旨は、「憲法改正についての議論は、冷静な状況でやるべき」ということだと思います。


さらに言えば、それ以外の部分については、あくまで分かりやすさや説得力を増強させるために存在しているに過ぎず、本質ではないと考えます。


自分の考え方との比較



発言の趣旨を自分なりに理解した所で、次に問題になるのは、その趣旨と自分の考えとの比較です。


この場合は、「憲法改正についての議論は、冷静な状況でやるべき」との考えに賛成できるか否かを、自分の中にある確固たる価値観、考え方などを基準に判断します。


憲法についての理解



憲法とは、国民の権利を守り、権力を制限するためのものです。


ここで、憲法は、一般的な法律とは、全く正反対のものです。何が正反対なのかというと、その対象が正反対なわけです。憲法は、権力を対象にして義務を課す法です。一方、法律は、国民を対象に義務を課す法です。


なぜ憲法が大切なのかというと、一番の人権侵害の脅威である国家権力を制限することで、国民の権利を守ろうというのが、憲法の目的だからです。


自分の価値観や物の考え方



民主主義



私は、過去の歴史から、民主主義というものは完璧ではなく、時に間違えることもあるものだと考えています。


民主主義とは、言ってみれば数の原理であり、多数決で物事を決めていくシステムのことです。


そして、このようなシステムがなぜ存在するのかというと、「何が正しいのか分からない」から存在するのだと思います。


なぜなら、何が正しいのか分かっているなら、多数決で物事を決める必要などないからです。


したがって、民主主義というシステムには、何が正しいか分からないという前提があります。


このように、未来において一定の答えが出る問題については、いくら多数決で答えを出したとしても、将来的に実は間違っていたということもあると思います。


そして、このような場合、より間違った答えに向かいやすい場面というのも存在すると考えます。


より間違った答えに向かいやすい場面とは、具体的には、投票権がある国民が冷静さを欠いた場面です。


ナチスの例



例えば、ナチスの例を見てみましょう。


ここで言うナチスとは、旧ドイツを指揮したヒトラーが暴走し、ユダヤ人虐殺を始め、とんでもない悲劇を生んでしまったことを言います。


この時代、何故ヒトラーが権力を握ることができたのかというと、国民の圧倒的な支持があったからです。


ワイマール憲法と呼ばれる当時で言うとても画期的な憲法のもと、ヒトラーは演説の力により、国民の圧倒的な支持を得ます。


ここで行われた演説やその他、権力を握るためのテクニックは、色々な本に書かれ、研究されています。


このような研究がどのようなテーマで書かれているかというと、そのほとんどが、国民をいかに騙すか、世論をいかに誘導するかというテーマで書かれているように感じます。


そして、上で挙げたテーマで最も本質的な部分だとされているのが、「雰囲気作り」です。


ここで、あの人ならやってくれるという一定の雰囲気を作りだすことで、国民のほとんどはその雰囲気に流されてしまう。結果として、悲劇が起こる確率が格段にアップすると思います。


これも、投票権がある国民が意図的に作り出された雰囲気に流され、冷静さを欠いた場面で起こりうることだと考えます。


結果、国民の支持を得たヒトラーは、憲法を改正し、独裁制へと突き進むわけです。これが、ヒトラー政治の一連の流れです。


結論



以上より、私は、麻生太郎氏が言いたかったであろう「憲法改正についての議論は、冷静な状況でやるべき」との考えに賛成です。


また、ナチスの例を挙げたことも、個人的には非常に評価しています。なぜ評価しているのかというと、非常に分かりやすい例だし、国民が意図的に作り出された雰囲気に流されやすいので、このような手口があるのは知っておいたほうがよいというのは、とても納得できる話だからです。


この件について、麻生太郎氏がなぜ批判されているのか、個人的には、よく分かりません。


私の中では、権力側(政治家)は常に支配欲丸出しで、意図的に国民を支配しやすいよう、ある種の雰囲気を作り出すことに躍起になっていると感じることが多いです。ナチスのテクニックを見習うことはあれど、ナチスの例を挙げて、国民に警告するなどまずありえません。


にも関わらず、麻生太郎氏は、国民に、ナチスの例を挙げて分かりやすく、権力側によって意図的にある種の雰囲気が作り出されること、そして、国民はそれに流されやすいことを警告してくれているように感じます。また、憲法は非常に重要なものなので、あくまで冷静な状況で改正すべきというのは、まさにそのとおりだと思います。