YUI -ユイ- (sp:サボテンのユイ)

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自作ラノベの YUI -ユイ- シーズン3のスペシャルエピソードです。s3が最終章という位置付けなので、これが最後のスペシャルエピソードとなります。ちなみに、スペシャルエピソードは、1シーズンごとに一つは用意しています。内容としては、サボテンの行方(ゆくえ)の話です。あと、イラストに関しては、 こちらにこの記事の内容をまとめた時にアップする予定です。

photo-credit: syui


YUI -ユイ-



sp4:サボテンのユイ



一人の長い長い銀色の顎鬚を蓄えた不思議な格好をした男がいる。

彼は、何処かの高い山の上と思われる場所、大きな岩の上に座っていた。周りの景色は、岩と多少の草が生えているだけの場所で、雲か霧(きり)に覆われていて、視界は悪かった。

彼は、唯一の持ち物であるサボテンとその植木鉢を両手に抱えていた。

目を瞑(つむ)っているので、まるで眠っているようだった。

彼の両手に大事そうに埋まっているサボテンの名前は、ユイ。偶然にも彼女と同じ名前だった。

彼は、サボテンに語りかける。「遂に、来たか」

このサボテンは、以前はクリエイターのユイと一緒に居たのだが、創造魔法が発動されたあとは、彼、持ち主のもとに還って来ていた。もちろん、これは、彼の魔法によるものだ。

そして、このサボテンを通じて、ある場所に近づくものを察知することができるようになっていた。

ある場所というのは、新世界のルールや設計図が保存されている場所のことだ。

新世界のルールが保存されているのは、いわゆる仮想世界、夢の世界と呼ばれるところにあった。

この世界は、普通の夢とは少し違う仮想世界であり、全ての物理法則が、現実の物理法則に基いて構築されていた。

つまり、この仮想世界は、現実とは変わらないということだ。この仮想世界では、現実の能力を超えることはできないし、現実で不可能なことは絶対にできないという変わった仮想世界であった。

現実と全く一緒の世界。これが、新世界のルールが保存されている仮想世界だった。

よって、建物や地形は現実と全く一緒である。また、この世界で戦って勝てない相手には、現実世界でも勝てない。

さらに、この世界で死ねば、現実世界でも死ぬことになる。

これについては、この世の精神エネルギーというものがどうやら関係しているようだった。

精神エネルギーとは、いわば心のエネルギーのことだ。

そして、人の心と体は一体だった。心が死ねば、体も死んでしまう。

仮想世界で受けたダメージは、心へのダメージとなるのだが、それは、尽きると死んでしまう体へのダメージと何ら変わらなかった。

彼は、たった今、手に持ったサボテンから、仮想世界に侵入者ありとの警告を受けたのだ。

警告を受けて、彼は目を開けた。彼の目は、どこまでも青くて吸い込まれそうな目だった。あの時と全く変わっていない。

そこで、彼は、仮想世界に入ることを決意する。

「では、行くとしようかの」彼は、そうつぶやき、自身の最後となる戦いに臨む。

彼は、また目を閉じて集中した。

ここは、例の仮想世界。しかし、この仮想世界は、現実と同じ構成、同じ法則、同じ原理が作用するため、彼は、一見して今まで居た山の頂上付近に座っていた。

すくっと立ち上がる彼。少し複雑な魔法を使って、彼は、鳥のような姿になった。そして、鳥が山の頂上から飛び立った。

光り輝く鳥は、雲を抜け、海を超え、スーッと強い魔力が感じる場所まで移動する。

しかし、鳥は、魔力の根源から少し離れた場所にスーッと降り立った。

地面につくかつかないか、というところで、鳥がいきなり老人の姿になり着地した。

「少し、魔力を使うが、やむなしかの。ここまで頑張ってきた彼女に、晴れ舞台を用意しなければ、ならぬからのう」と彼はつぶやく。

彼は、今使おうとしている類の魔法はあまり得意ではなかった。なぜなら、今使おうとしている魔法は、多量の魔力を消費してしまう魔法だからだ。

彼の魔力の総容量はそれほど多くはなかった。

しかし、突然、彼の中に魔力が注入されるのを感じた。

どうやら、サボテンのユイが、彼の心に反応し、最後の自分に力を分けてくれたらしい。

「ユイ...」彼は、つぶやいた。

「では」彼は、少し間をおいてそう言った。

次の瞬間、周りの景色が一変していく。空では、雲が渦巻き、あの景色が構成されていく。

彼は、自分の魔力を全く消費することなく、あの日の景色をつくり上げることに成功した。

しかし、残念なことに、サボテンの生命力が尽きていくのを感じる。現実世界では、彼の手の中にあるサボテンは、次第に生命力を失いしなびていった。

どうやら、サボテンにも好き嫌いがあるらしい。そして、サボテンのユイは彼が好きだったのだ。ただ、それだけだ...。

「さらばじゃ、ユイ...」彼は、つぶやいた。

彼は、もう一度、鳥の姿になり、空に向かって飛んで行く。

彼女が居る。後ろを向いている。彼女に会うのは、サボテンのユイを手渡して以来だったの。彼は、そう思いながら、彼女の後ろに立った。

先ほど作ったこの場所も、あの日を思い出す。

現在は、ユイと呼ばれるようになった紛争地の瓦礫の下で出会った少女。とても透明で透き通った目をしておったの。偶然、わしのサボテンと同じ名前を付けられるとは、思ってもみなかったが...彼はそう思った。

彼女がこちらを向いた。そして、驚いた表情で、「あ、あなたは!?」と聞いてきた。

彼女と彼の目が合った。

少女の目は、あの時と同じように、どこまでも透明で透き通った目だった。

彼は思った。

大きくなったの。いや、体のことではない。紛争地に居たあの頃、魔法都市の言うことだけを聞いていた時と比べると、全く別人ではないかと思う。

空っぽで真っ白な少女。悲しみも喜びも感じないあの時とは、まるで違って見える。心がの...。

彼は、そんなことを思いながら、話をすすめる。

強制転送ルールを作ったのはわしだと説明した。

彼女は聞いた。「なぜ、そんなことを?」

「キミのやり方では、世界平和を実現することはできないと考えたからじゃ」彼は淡々と応えた。

...。

これは、本音ではなかった。

淡々と答えたのとは裏腹に、彼は、今まで積み上げてきた思いを募らせていた。

わしが、強制転送ルールを作ったのは、人間の思想や欲望を憎んだからではなかった。

わしが、強制転送を作ったのは、彼女の中に、世界を見たからなのじゃ。

世界というのは、広く、大きく、たくさんの人々が作り出しているという認識が一般常識であろう。しかし、わしは、目の前の一人一人の中に、世界を見るのじゃ。

だからこそ、自分で考え、正しいと思ったことを実行しようとしている彼女の成長が嬉しかった。

昔の彼女なら、自分で考えることも、正しいと思うこともなかったであろう。また、もしあったとしても、それを実行することはなかったであろう。

わしにとっては、どれだけ多くの人間が犠牲になっているかという問題は、はっきり言ってどうでもよいことなのじゃ。

わしにとっては、こうして彼女が、わしの目の前に立ちはだかることにこそ意味があるのじゃ。

もう一度感じよう。本当に大きくなったの。わしは、嬉しい...。

しかし、彼は、これ以上感じていると、決心が鈍りそうなので、そろそろ終わりにしようと思った。

「では、もうキミに言うことはない。そろそろ終わりにしようかの」彼が言った。

すべてが炎に包まれた。

彼は、全力を出して戦った。自分の魔法のすべてを出し切った。

消費量の少ない古代魔法をここまで消費するとは、世界を破壊するほどの規模の戦いだっただろう。

しかし、彼は、勝てなかった。勝てないことは最初から分かっていた。

もしかしたら、勝てなかったのは、自分が負けることを望んでいたからなのだろうか。

いや、それでいいのじゃ...。

彼は地面に横たわりそう思った。彼は、初めて自分を許すことができたのだった。

彼は、ニッコリと微笑み、「...よく...やった...」とつぶやいた。

彼は身にまとっていた服を残し、消えていく。

その時、現実世界では、彼は息絶えていた。

彼が両手に抱えたサボテンも、生命力を感じることはなく、多分枯れてしまうのだろう。

しかし、彼の最後の表情は、とても穏やかだった。

...。

「このサボテンは、幸せのサボテンと言ってね、キミを幸せにする力があるものなのだよ」

少女に向けて、彼は続ける。

「しかし、これ自体には、何の意味も力もない。分かるね」

最後に、彼は、こう言った。

「幸せは、歩いてこない。だから、幸せになろうと思ったら、キミ自身が自ら歩いて行かなければならない。いいね」

彼が消えたあとに残った彼の服が、風に乗って飛ばされていくのを見て、ユイは、彼に最初に出会った時のことを思い出していた。

【おしまい★】