凪のあすから 17

anime
この作品は、DVDやBDが売れまくる気がする。

photo-credit: http://www.nagiasu.jp/


凪のあすから

凪のあすから ブログページ


ミウナとサユの違い



この作品は、キャラの関連性が非常に分かりやすく、面白いように感じます。


例えば、ミウナとサユは、全く異なるタイプなのに仲良しです。


そして、17話でも二人の違いがはっきりと描かれています。


具体的には、好きな人に再開した時の反応です。


時間が経過していたために、ミウナもサユも好きな人には最初、気付かれませんでした。


「誰だお前?」(ヒカリ)




ここで、ミウナは、全く気にしていないようでしたが、サユは、かなり動揺してしまいます。


その時々の状況に揺さぶられるのがサユなら、一切動じないのがミウナでしょう。


このことからも、二人は、タイプが全く逆であると言えます。


ミウナが自分の信念に基づいて行動する人なら、サユは現実的に考える人です。


よって、ミウナが理想主義者なら、サユは現実主義者と言えると思います。


ただし、理想主義者と現実主義者のどちらが優れているかという問題ではありません。


例えば、現実主義者は、現実に屈する時点で、弱いとも思えますが、自分の弱さを認識しているということでもあります。


一方、自分の信念に基づいて行動する理想主義者はカッコ良いように見えますが、自分の弱さを認識していない分、ポッキリ折れてしまった時は、立ち直るのに時間がかかりそうです。


私は、凪あすには、特別好きなキャラはいませんが、ミウナとサユどちらが好きかというと、ミウナの方が好みかなと思います。


凪あすは、男も女も含めて主要キャラ全員が好き(それだけ魅力的なキャラが多い)だと言えなくもありませんが、今のところビビっとくるキャラはいませんね。


ミウナはちょっと怖いと感じる



ミウナは真っ直ぐすぎるんですよね。


私は、ここだけは譲れないというものを少しだけ持っているものの、それ以外の部分では、割と緩めに捉える子が好みなのかもしれません。


ミウナの信念は私にとってちょっと強すぎました。

「なんで平気なの」(サユ)

「他なんて関係ないからだよ」(ミウナ)




物語としての凪あす



変わる、変わらない



凪あすでは、変わる、変わらないという話が頻繁に登場します。


ここで、この件についての個人的な考えを以下に書いていきたいと思います。


私にとって子供というのは、7, 8歳の子を言うのであって、それ以上の人は、大人です。


正直なところ、子供とか、大人とか区別する必要性を私はあまり感じていません。


そういう区別をしたがる人というのは、自分の子供時分のことを忘れてしまっているのではないでしょうか。


例えば、あなたが子供だった時、あなたは、周りの人を子供だと思っていましたか?


たぶん、多くの人は、そんなことはないでしょう。


悪い奴もいれば、良い奴もいる。ただそれだけだったのではないでしょうか。


また、悪いやつの中には、平気で人を傷つけ、犯罪行為を行う人間もいたのではないかと思います。


そういう人間を、果たして子供扱いする必要があるのでしょうか。


子供だから悪い人間はいないだろうというのは、全く違います。


子供は、大人です。わかり易い表現をするなら、大人の分身、コピーでしょうか。


この事実を認識できていない人が多いような気がします。


よって、私は、子供だからといって特別扱い、または、子供扱いする必要は全くないと考えています。


こうこというと、例えば、子供の判断能力不足を指摘する人も出てくるかと予想しますが、私なら以下の様な質問で返します。


「あなたの周りにいる大人達は、判断能力、十分ですか?」


そうですね。賢い子もいるし、馬鹿な子もいる。それは、子供であっても、大人であっても変わらないと私は思います。


私がこのように考えるようになったのは、ある本(翻訳された海外の本)がきっかけでした。


本のタイトルは忘れましたが、こんなことが書かれていました。


「確かに、(大人は)礼儀正しいしゃべり方をし、着心地が悪そうな服を着ている。しかし、中身は子供の頃と何も変わってはいない」


私は、変われる人は、ほんの一握りで、ほとんどの人間は、変われないのだろうなとそう思います。


もちろん、子供の頃から全く変われないのです。


そのことから、多くの人の本質は、子供の頃と全く同じなのでしょう。


本質を変化させることができる人間は、非常に少ないと思います。


ただし、その人の本質を確定付ける、作り上げるまでの期間である1-7歳までの間は、この限りではないと思います。


しかし、それが完了してしまうと、多くの人は、何も変わらないまま大人になっていくのかなと考えています。


確かに、経験を積んでいくことは予想されますが、本質が変わらないので、知識を与えられた時、どういう判断をするのかは、全く変わらないと思います。


この点、本質を変化させれば、同じ知識を与えられても、判断が異なってくるのでしょう。


ここで言いたいことは、人の本質は、全く変わらないし、変われないということです。


恋愛事情



ほとんど予想通りの展開でした。


カナメが好きな人がチサキだということもはじめから分かっていましたので、驚きは全くありませんでした。


しかし、ツムグだけは、誰なのか、初回からそれだけは分かりません。チサキという線も考えていたのですが。


あと、気になるのが、マナカが最後にツムグに何を話したかですね。


凪あすの恋愛要素は非常に好みです。


もしかしたら、全員が片思いという可能性も高いのではないかと思います。


それとも、マナカの恋愛だけ成就するというラストなのでしょうか。


この場合、神様は、マナカとツムグをくっつけたがっているように思うので、ツムグは運命の相手。そして、ヒカリは幼なじみの相手という位置づけなのだと考えています。


世界事情



世界事情というか村事情というべきなのでしょうか。


これについては、だいぶ前に以下の記事で書きました。変更はないですね。


凪のあすから 1


凪あすは、面白いですね。