凪のあすから 22

anime
マナカ...。

photo-credit: 凪のあすから製作委員会


マナカが好きという気持ちをなくしてしまったということが判明したお話でした。


これに関しては、OPにも色々な意味が込められていそうですね。ミウナが持って傘をマナカがキャッチするとか。


凪あすは、いろいろ考えられるので、面白いです。


今回は、マナカが無くした「好きという気持ち」について考えてみたいと思います。


ヒカリの怒りと絶望、そして執念






ヒカリがこのことを知って、怒りと絶望に打ちひしがれているのが分かります。


なぜなのかというと、ヒカリはマナカのことが好きだからです。


ヒカリには、好きな人の一部が欠けているという状態は、耐えられないものがあったのでしょう。


ここで、ヒカリの次の行動としては、マナカの無くしたものを取り戻そうとすることが考えられます。


今までのヒカリの行動を見るに、とても執念が強そうに見えます。


よって、今後、ヒカリは、マナカの欠けた部分を取り戻そうと頑張るのかもしれません。


個人的な視点の話



たぶん、私だったら、好きな人物の一部が欠けているという状態、具体的には、「一生好きになることが出来ない」状態になろうと、それほど気にしないだろうなと思いました。


なぜなら、私にとって恋愛というものは、そういうものだと思っていたからです。


つまり、相手が自分のことを好きであろうと、無かろうと、そんなことはどうでもいいのであって、重要なのは、自分が相手のことを好きだということ、それだけなのだと考えていたからです。


もちろん、人によっては、相手も自分のことを好きになってほしいと望む人も多いかと思います。


例えば、いなり恋のアニメでは、主人公の女の子は、好きな男の子が自分のことをなんとも思っていないということにとてもショックを受け、打ちひしがれてしまう場面があります。


こういうのを見ると、個人的には、こんな感じに疑問形になってしまいます。




なので、マナカが「一生好きになることが出来ない」かもしれない状態になっているのを見ても、特に、なんとも思いませんでした。


やっぱり、カナメが言ったように、「マナカはマナカだよ」というのが、個人的な意見。


ちなみに、この時のカナメは、マナカが記憶をなくしてるなんて知らなかったのですが、凪あすは、様々な視点から見ると実に興味深いセリフが多いように感じます。


本物と偽物



しかし、昔のマナカを知っている人達からすれば、この状況は、何とかしたいと考えるのが普通なんでしょうね。


なぜなのかというと、今のマナカは、自分たちの知っているマナカではないからです。


これは、記憶喪失に陥った人の近くにいる人間が最も理解しやすい状況なのではないかと思います。


例えば、記憶喪失になった人に、今まで一生懸命世話を焼いてきた人がいたとします。


しかし、記憶喪失により、恩を返してもらうことができなくなりました。


「今まであんなに面倒見てあげたのに」と言っても、「知りません、覚えていません」ですからね。


このような場合、本人を何とかして元に戻したいと考えるのが通常だと思います。


もちろん、ヒカリやマナカの友達が、マナカに恩を返して欲しいと考えるわけではありません。


しかし、イメージで言うと、上で説明した状況が一番わかりやすいかなと思いました。


つまり、マナカの友人達は、今まで積み上げてきたものを一気に壊された、そういう心境なのではないかと想像します。


では、一部でも欠けてしまったマナカは、マナカではないのでしょうか。


または、彼女は、偽物なんでしょうか。


私は、それは違うと思います。


例えば、これからマナカに初対面する人がいるとします。


この場合、マナカは、そういう人なんだと認識され、本人に大きな異変が起こっているなんて知る由もありません。


また、過去と比べた異変などは、これからマナカと関わる人にとってどうでもいいことでしょう。


しかし、今までマナカと仲良くしてきた人達は、違います。


彼女は、変わってしまった。彼女は、本当のマナカではない、などと感じる人も多いと思います。


何が言いたいのかというと、視点が変われば、全てが変わるということです。


視点が変われば、全てが変わる






マナカを知らなかった人達からすると、どうでもいい問題が、マナカを知っていた人達からすると、大問題になります。


そして、すべての意見が、視点次第、環境次第、自分の立ち位置次第というのは、あまり良くないと思います。


なぜなら、この場合、自分の意見が立場や環境に支配されているからです。


同じ立場にいる者は、同じ意見しか言わない。同じ環境にいるものは、同じ意見しか言わないというのは、とても不健全に感じます。なんとなく。


では、この問題を回避するには、どうすればいいのでしょう。


それは、相手の立場に立って考えることが大切なのだと思います。


つまり、この場合は、マナカがどうしたいかによるということです。


周りが、マナカを取り戻そうってやっても、本人はそれを望んでいない場合もあるかもしれません。


さらに言えば、マナカを取り戻したら、その後どうなるのでしょう。


一部が欠けてたマナカは、本人じゃなかったということになるのでしょうか。


受け入れることの大切さ






私は、一部が欠けているマナカも、マナカだと思います。


そもそも、一部も欠けていない人間など存在しません。


この点から言えば、今のマナカを受け入れてほしいと思わなくもないです。


私は、基本的に、好きな気持ちを失っていようが、マナカは、マナカなんだよと考えています。


ヒカリは、以前、「どんなに変わろうが、俺はずっとお前のことが好きだ」みたいなことを言っていた場面があります。


よって、今後、マナカの欠けた部分を取り戻そうとする展開になるのか、今のマナカを受け入れていく展開になるのかで予想がわかれそうです。


個人的には、前者の可能性のほうが高いように思います。


しかし、個人的な価値観から言うと、上記で説明した通りですね。


アニメはよく出来ている



アニメは、非常によく作られているものです。


よって、マナカの欠けた部分を取り戻そうとする行為も、もっともらしい理由から、多くの人が納得できるものになるでしょう。


とすれば、私が書いたこの記事や考え方は、おかしいんじゃないかとも思えるようになることが予測されます。


もちろん、私自身がそのように考える可能性も高いです。


しかし、今の気持ちを書き留めておくことは、それほど、無駄なことではないと思うので、この記事を書きました。


では。