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ガッチャマン2期7話の感想


ガッチャマン7話まで視聴済み。なんか安保法案反対の人達が「多数決が民主主義じゃない」みたいな言葉尻だけを捉えられて批判されてたので、これについて少しだけ民主主義の意義を書いていきたいと思います。ガッチャマンでもさんざんこのテーマで書いてるし。

さて、日本を含め多くの主要国家では、「絶対的意味、多数決主義的意味の民主主義」ではなくて、「立憲主義的意味の民主主義」で捉えられていることが多いような感じがしますし、それが通説的な考え、一般的な考えだったような気がします。

では、立憲主義的意味というのはどういうことかというと、多数決でも変えられないような価値を認めた上での民主主義のことを言います。

つまり、多数決なら何をやってもいいんだっていう意味の民主主義ではなくて、バランスのとれた形で民主主義が定義され、考えられているということですね。

なので、「多数決が民主主義じゃない」というのは、通説的な民主主義のことを言ってるんじゃないかなって思いましたけど。これ「多数決だけが民主主義じゃない」ってすればわかりやすかったかもしれないなあと思いました。

前に話した内容は、「未来のことはわからないから、みんなで決めよう」っていうのが民主主義の発端だと私は言いました。

確かに、その通りなんですが、現代でいうところの民主主義はさすがにこれとは少し違います。したがって、今回はその説明です。

余談ですが、「多数決で決めれば、それが民主主義なんだ」などと言ってしまうと、さすがに常識を疑われかねないので、あまり印象は良くないと思われます。この辺は注意っぽい。

例えば、自由主義と民主主義がありますが、その関係性においても、現代における民主主義の意義は簡単に推測することができたりします。

ここで、自由主義が目的、民主主義はその手段と考えられていて、自由が保障されて初めて、民主主義は実現しうるものだし、また、自由を保障するために、民主主義があるといっても過言ではありません。

したがって、こんにちの民主主義の意義は、「立憲主義的な民主主義」ということができますし、このように推測することは容易なので、これが通説であり、一般説になっているところではあります。

ちなみに、ここで言う「立憲」と「自由」はほとんど同じ意味で使われます。

イメージで言うと、立憲や自由という言葉は、憲法をイメージしてもらっても良いかと思いますが、現代の民主主義は、「自由・民主主義」または、「自由主義的意味を含めた民主主義」と言い換えることができるかもしれません。

そんな感じでこんにちの民主主義が捉えられていますので、ここで、「民主主義が多数決でないなら一体何なんだ」と言ってしまうと、「一体、いつの時代の話なの」と思われてしまいかねませんので、個人的にそう感じることはあっても、あまり言わないほうがいいかなって思います。

例えば、ここで反対の意見を持っていたとしても、「君は通常考えられている立憲的意味を強く主張しているみたいだけど、それでも、最終的には多数決によらざるをえないので、...うんぬん」と言ったほうがいいでしょうね。

まあ、その場合は、「いや、最終的に多数決で決めなければならないのは理解しているが、それでも重大な決定においては時間をかけ話しあうプロセスは現代の民主主義には必要だし、更に、国民投票の実施やその結果の反映は、しかるべきだと思うよ」と反論されてしまいかねませんが。

...つまりですね、多数決に至るまでのプロセスが相当重要ってことですが。