アニメで好きなセリフ


アニメで好きなセリフって、今思えば、あまり覚えてないなあ。

唯一思いつくのでクラナドのラストで風子が言ったセリフだ。

「楽しいことは、これからはじまりますよ」

確かこんな感じのセリフだった。意味は、言葉の通りで、「楽しいことは、これからたくさんありますよ」っていう意味だと解釈している。

そういえば、最近、星座座占いで、こんな感じの占いがあった。

「日頃から自分が何気なくやってることが評価されはじめ、驚くかもしれません」

こう言われてしまうと、嬉しくも、悲しい気分になる。

なぜなのかというと、多くの人は誰でも、「誰にも褒められないし、評価もされない」ことを頑張ってるものだったりするからだ。

ここで、自分を憐れむという行為は、一種の本人が望む一つの形だったりする。つまり、こう考えるほうが楽なのだ。したがって、嫌々やってることではなく、自ら望んでやってしまうことも多い。

でも、このセリフは、そうじゃないって思わせてくれるので好きだ。

「私は誰にも褒められないし、評価もされないことでも頑張ってる」--いや、そうじゃない。

「楽しいことは、これからはじまりますよ」--だからやってるに過ぎない。

この言葉は、なんかもう一度生まれたようなそんな気分になるから好きだったりする。

セリフ集めてる人もいるのかな。私はこのセリフだけで十分だけど、そういうのを集めてみるのも面白いかもしれないな。

今回の記事、意味がわからないと思うけど、感覚的に思ったことを書いてみただけなので。

わかりやすく言うと、自分を憐れむような楽しみ方をする必要は全く無いってこと。確かに、こういうのは、楽だし、自ら望んでやってしまうことでもあるのだけど、それよりも、今までも、そして、これからも楽しいことはたくさんあるよって考えるほうが良いと思う。気分的に。


サイコパス劇場版の感想



サイコパス劇場版


面白かった。すごく面白かった。

私が作中で最も好きなセリフは、やはり、というかなんというか、今回もシビラが言ってたセリフだった。

外の世界では平和というものがどれほど希少な価値を持つものか、その目で確かめてくるいい。

改めて君も、シビラの偉大さを痛感することになるだろう。




人は何を求めているのだろうか。それは、正しさだろうか。

いや、違う。人が求めているものは、多くの場合、現状に対する維持や反発の心理に過ぎない。

この作品では、シビラの正体を知った人たちがそれを明らかにしている。

今までと違う何かに対し、それが正しいか否かではなく、それが今まで認識していたものと異なるものかどうかで人は判断し、そして、それが正しいかどうかは関係ない。しかし、それを正しいという言葉で表現する。

事実として、正しいものなどどこにもない。

過去、現在、未来においても正しいものなど一つもなかったし、ないだろう。

例えば、過去の日本政府も正しくなかったが、現在の日本政府もやはり正しくない。そして、同じようにシビラもやはり、正しくはない。

にも関わらず、シビラの正体を知った朱は、思った通り、シビラに対して、反発した。しかし、シビラも正しくはないが、同じように、今までも、そして、これからも正しい時など存在しなかった。では、なぜ、シビラは正しくないと感じるのか。

これは、過去が正しく、既知が正しく、逆に、未来は正しくなくて、未知は正しくないという感情に由来すると推測する。

ただ、朱は最後、結果がわかっている選挙について口を出した。この行動について、私はそれを支持する。

シビラは、結果がわかりきっているので、意味は無いっていうが、重要なのは結果ではなく、プロセスであり、そこに至るまでの経緯である。

特に、選挙や民主主義という制度において、それは昔から言われていることだったりする。朱は多分、このことを言っていたのだろう。法律でも議員立法はとても少なく、法律の殆どは官僚が作っているのだが、それを承認したのは誰か、または賛成多数で可決したのは誰かというのが民主主義制度では非常に重要だとされている。この点、結果がわかっていたとしても、選択したのは誰か、承認したのは誰かというのが非常に重要だということだろう。

「歴史に敬意を払いなさい。シビラ」

このアニメは非常にわかりやすいし、バランスもとれているので、とても面白い。

結果を重んじるシビラと、手段というか経緯を重んじる人間(あかね)が対照的だったように感じた。

本来的にどちらも重要なものだが、未来において、より結果のみを重視する傾向を予測し、それを警告しているようにも見えた。

ただ、シビラシステム自体は、権力を与えるにふさわしい人間を選びやすいという点で、今の世の中では、なかなか便利そうなのではないかと感じた。

不祥事で辞職する都知事が多すぎる気がするので、そういった判断は人間はもともとあまり得意ではないのかもしれない。

アニメの感想



Chalotte#10


放送時間が足りなかったせいもあるかもしれないけど、なんかあっけない展開だった。

個人的には一番のミスは犯人の要求通り行動してしまった人にあるのではないかと思った。

なぜなら、犯人の要求というのは基本的に、計画の第一段階に過ぎず更にその先の計画へと続いているかもしれないからだ。

大切な人が人質に取られて気が動転しているのは分かるが、要求通り行動しても相手が人質を返すとは考えにくいし、二人とも殺される危険があるので、その時点でどうしようもないと思った。

ただ、個人的には個々人の行動がちぐはぐに映ったのは事実だったので、演出がミスっているとも思った。

まず、助けに行く人と助けられる人の結びつきがそれほど強くないように感じた。つまり、気が動転してしまいまともな判断能力を失うまでの繋がりではないように思った。

次に、能力者たちの能力の使い方なども、まるで視点が合わないぼんやりしたようなものを感じた。

その辺の理由からこれ演出プラン間違ってないかと思ったりした。おわり。


ArchLinuxの自動アップデート



/etc/sudoers




%wheel ALL=(ALL) NOPASSWD: /usr/bin/pacman -Syu, /usr/bin/yaorut -Syua


sudoではパスワードを要求しないように設定するコマンドを指定できます。

あとは、sudo pacman -Syuをやるとパスワードなしでアップデートできます。

MacのVNC


macのfinderのvnc viewerだけど、window keyがaltになってしまうし、これはjis keyboardが悪いのかもしれないけど、どうしようもないらしいので、arch linuxで使ってるawesomeのmodkeyをwinからaltに変更することにした。mod4がwinでmod1がalt。


$ vim ~/.config/awesome/rc.lua
modkey=mod1

$ echo 'awesome.restart()' | awesome-client


正直、win key(cmd key)は多用することもあり、使えないと、reloadするのも一苦労。そもそものところ、vnc接続はあまり好きではないなあ。


SSL証明書



SSL証明書


自分が運営するサイトにEV SSLを使いたくなってきた。

アドレスバーが緑にならないのは、なんかダサいなあと。

でも、サーバー申し込むのもSSL証明書を購入するのも面倒で、現在のところ全く必要ない(商売してるわけでもないし)。アドレスバーを緑にするためだけにお金払うのはバカバカしいし、時間の無駄だと思う。

ただ、手順としては、ドメインの取得,SSL証明書の購入になりそう。ドメインはXドメイン, SSLはGogetSSLがおすすめらしい。

Xドメインは試してみたことあるけど、リダイレクト処理が気に入らなくて、すぐに使うのやめてしまって11ヶ月使わずに放置して期限切れに。なんというか、勿体無かった。でもドメインを初取得ということで面白い面もあってよかったと思ってる。


現在のブログは一応、https対応はしたけど、GitHub Pagesでできることはたかが知れていて、httphttpsに置き換えて以下のように強制的にリダイレクトするくらい。


enforce SSL on production domain

しかし、特にリダイレクトであるJavaScriptの処理が個人的には気に入らない。


マルチディスプレイ


MacBookでトリプルディスプレイなどを実現するには、様々な方法があるものの、一つに、USB3.0(USB2.0では遅い)をHDMIなどに変換してディスプレイに接続する方法が一般的です。

しかし、Thunderboltが余ってるし、このポート、あまり使わないので、それを利用すると良さそう。

Elgato Thunderbolt 2 Dock

THUNDERBOLT2 EXPRESS DOCK HD

USB Graphic Adapter : Macの場合、マルチモニタはUSBを各種グラフィックポートに変換して接続する必要があります。

I-O DATA VGA

I-O DATA HDMI

Mac対応版は、StaTechのやつが良さそう。I-O DATAのもMac対応しているらしいけど、値段的にどうなんだろう。

USB to VGA Adapter - External USB Video Graphics Card for PC and MAC -Amazon : http://www.amazon.com/StarTech-External-Video-Monitor-Adapter/dp/B005G306I2

USB 3.0 to HDMI External Multi Monitor Video Graphics Adapter for Mac -Amazon : http://www.amazon.com/StarTech-com-External-Monitor-Graphics-USB32HD4K/dp/B00OD37KHG


プログラミング教室の話



ちょっとだけ前回の補足


悪い広告の話


前回は広告の話でした。

規制すれば悪い広告が増えるみたいなことを言いましたが、まずは悪い広告と良い広告なんてあるのか?と疑問を持たれた方に対する説明になります。

通常、広告というのは宣伝目的で行われるものです。こんな商品がありますよーというわけですね。

したがって、ここでは基本的にこの概念から大きく外れた広告が悪い広告ということになります。

宣伝目的から大きくはずれるというのは、例えば、騙す目的でなされる広告がわかりやすいかなと思います。具体的には、この商品に投資すれば100万円が確実に1000万円になりますよーと言っておきながら、それが嘘で、本当の目的は100万円を受け取って逃げることだったみたいな場合です。こういった目的のために利用される広告がここで言う悪い広告ということになります。

また、宣伝目的ではなく、クリックした人のコンピュータに侵入するウィルスを仕込むのが目的の広告もあります。こういうものがここで言う悪い広告に当たります。

なので、悪い広告と良い広告なんてあるのか?と聞かれたら、それはあります。これは単に個人的な感情で言ってるだけではなく、法的にもダメな広告、悪い広告というのはあるということです。

OSSのお金の話


通常、巨大なOSSプロジェクトはたくさんの寄付や名だたる企業の資金援助がなされていることが多いです。

例えば、GitLabもGoogleが出資(資金提供)をしていたりします。

ただ、基本的な考え方として、OSSは無償の善意によって成り立っているという考え方が分かりやすいです。

例えば、Linuxは沢山の人がお金を払っている、みんなからお金を集めて...と言うのは本質的ではありません。なぜなら、Linuxは株式会社でもなければ、株式でもはないからです。

確かに現実問題としては巨大なOSSにお金が流れる事はありますし、お金によって開発が進んでいるという部分はあると思います。

ただ、一つだけ言えることはそういったプロジェクト(やアプリ開発)に一切お金が集まらなかったり、お金を支払う人がいなくなっても、それが継続する可能性はあるということです。

なので、基本的には私達はOSSにお金を払っているというのは違うくて、OSSは無償の善意によって支えられているという考えの方が分かりやすい気がします。

プログラミング教室の話


プログラミング習わせたい親が急増 教室・本が人気 Tech Kids、QREMOほか

上のニュースを見て、前々から思ってることだけど、マジやめてあげてと思うのは自分だけだろうか。

こういうのがきっかけで、コンピュータ嫌いになる人、増えなきゃいいけど...。

プログラミングの授業が必修になったりと、最近、なかなかにひどい状況になっている気がする。

例えばだけど、習い事や学校の授業が楽しかったことはあるだろうか。もしくは、家に帰ってまで国語の教科書を毎日開こうと思っただろうかという問題に似ている。

これについては、大半の人がNOと答えるだろうと思うし、私は自主的にやるかどうかがなにより重要なのだと思っている。

したがって、もしプログラミングが義務になってしまうと逆に嫌いになってしまう人も多いかもしれない気がする。

また、何事でもそうだけど本人が自ら進んで毎日やらないとなかなか上達するのは難しいんじゃないかと思っているので、親がどうこう言ったり、または授業で必須になったりするのは基本的に無駄だと思う。それよりも自由時間を増やすために必修科目や授業時間を減らすべき。

もし本気で教育を行いたいというのなら、増えた自由時間をどう使うかを教えてあげれば良いと個人的にはそう思う。

まあ、そうでなくともまずは親が習ったほうが良い気はしている。

多分だけど子供は親に似るもので、親が勉強熱心なら勉強熱心になる気がするし、親が本を読むなら、多分、子供も読むようになるのでは?


Safariの広告非表示


Safariで広告を無効にするアドオンを使えるようになったこともあり、Androidではもともと広告を無効にできたりするのだけど、何故か今回に限って、すごく話題になっていて、色んな人がいろんなことを言ってるので便乗してみます。

広告はないほうが良いのか、ある方が良いのか。

私はとても難しい問題だと思っています。

理由としては、「議員の給与」に似た感じかなあ。憲法49条は「両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける」としています。つまり、高い報酬を与えよってことですが。

なぜこんな条文があるのかというと、もし国会議員が無償や安い給与だった場合、お金持ちや余裕のある人しか国会議員になれないからです。

ただ、これはあくまで理想的な答えであり、現実を見ると、悲しい気分になるので、やめておきましょう...。

さて、広告が無効になったりすると、これと似たような状況になるんじゃないかなって思います。

つまり、お金持ちや余裕のある人しかブログができないってことですが。

そういうこともあり、広告はあったほうが良いのかもしれません。

次に、広告はなかったほうが良いという考えもあります。

例えば、みなさんが使用しているアプリ、広告ありますか?

ないものが多いですよね。

オープンソースで開発されているプログラムに広告は付いてきますか。?

通常はないですよね。

世界のコンピュータのうち、最も多く使われてるLinuxサーバーも無償で提供、開発されていますが、広告、ないですよね。

このように、素晴らしい技術や知識を提供しているにもかかわらず、広告は一切ないプラットフォームは多数ありますし、みんなも使ってますよね。

では、なぜブローガーだけが広告を貼り付けてお金をもらってるんでしょうか。

その理由は一つに、広告を貼り付けるかは自由であり、許可されており、かつ無効化されていないからでしょう。

彼らは、能力も技術も殆ど無く、または社会的貢献もせずに、口だけで何もせず、言いたいことを言ってるだけなのに、広告料をもらってるのは不当だという意見もありますが、広告を貼り付けるか否かはやはり個人の自由として認められる問題だと思いますね。

ただ、私の場合は、その広告を無効にするのも、やはり個人の自由だと思います。同じ理屈から。

例えば、広告を無効にするのは、「正当な対価を支払うことなく」、「無料でコンテンツを取得」しているとして、断固認められないという意見がありますし、すっごく怒ってる人もいるようです。

一つ言えることは、ブラウザの機能として広告を無効にする機能をつけることは認められるだろうし、かつそれを個人が使用するのもやはり認められることだと私は思います。

私の印象から言うと、今回の件、これまで多額の広告収入を得ていた人がすごく怒ってるという印象。

そして、今回の問題も、ほとんどが自分の立場から物を言ってるだけという感じです。広告料もらってる人はSafariの機能を批判し、もらってない人は肯定するという傾向。

なので、正しいか正しくないかっていうのはどうでもよくて、単に立場の問題かなって思います。

ちなみに、広告はあったほうが良いのか、なかったほうが良いのかは、難しい問題で、何が正しいのかっていうのは一概には言えないかと思います。

私の場合、現在よりも広告の数を減らしていく方向のほうが世の中は良くなるんじゃないかと思っていますが。でもどのように減らすのかというのもまた難しい問題で、規制すれば良くなるのかって言うと、微妙な気がする。規制すればするほど、悪い広告のみが残りそう。


MacでNTFSをマウントするときの注意点


Macでは度々、ディスクへの読み書きなどが怪しい挙動をしていて、今までは回復できてたのだけど、ついに、回復不能な事案が出てしまって辛い。幾つかのファイルの復旧が不可能なまでにファイルを破壊してしまっており、Macでは重要なディスクをマウントするのはやめた方が良いかもしれない。

以下のように、ntfsでフォーマットされたディスクをマウントして、ファイルを書き込んだ直後からディスクの様子がおかしくなり、ついには、一つのディレクトリに入ってる幾つかのディスクが壊れてしまった。


$ sudo mount -t ntfs -o rw,auto,nobrowse /dev/disk2s1 /mnt


残念ながら、復旧不可だった。再生はできるけど、コピーができない。エラーの回復後にこの状態なので、使えないファイルだし、放置するとディスク全体がやばそうなので、やむなく削除。


SSLLet'sEncrypt


昨日、SSL証明書の話を少ししたけど、EVが最も信頼性のおける証明書の発行でお金がかかるけど、ISRGが新しいSSL証明局サービスを始めるみたいで、フリーでも証明書を発行してもらえるらしいです。


$ sudo apt-get install lets-encrypt
or
$ sudo pacman -S letsencrypt-git

$ lets-encrypt example.com


docs

私の場合、独自ドメインも取得してないし、Webサーバーも管理してないしで、あまり意味ないのだけど、機会があれば試してみたいですね。


ガッチャマン+9


前回と関連した話を少しだけ。

突然に二重国籍が問題になっていて驚いた話


私の場合、こういう話が突然飛び出すととても驚きます。

それと同時にある話を思い出します。

それはあるドラマのワンシーンです。細かな部分は記憶していませんが、こういった趣旨のセリフです。

「政府のとんでもない不祥事が明らかになりそうだ。そのため、世間への関心を別の場所に向けさせておく必要がある。よし実行しろ」という話です。

偉い人は通常、相手側の弱みを幾つもストックしている事が多いです。いや、断言しますが、確実に複数握っていますし、持っています。

しかし、それがすぐさま世間に公表されることはありません。

なぜなら、表に出すタイミングを見計らっているからです。

そして、それが表に出される時、それは自分たちの不祥事を隠すためにも使われたりすることがあります。いわゆる話題そらしみたいな話です。

こういうのはよく行われていると思います。

なので、こういった突然飛び出したような話題には私は飛びつかないほうが良いのではないかということを思ったりします。

むしろ話題になった人間の反対側がもっととんでもない事をやらかしてるんじゃないかという不安はありますし、そちらのほうが強いことも多い。

したがって、マスコミやネットなどにはむしろそっちに注目したり、そちらを探ったりして欲しいのですが、そういうことをやる人間がいないのが問題なのだと思います。

二重国籍を延々と批判する人も、そして、延々と擁護する人もいますが、個人的にはその話題(二重国籍だろうが、ベースが台湾人だろうが)は心の底からどうでもいいと思っています。

どうでもいいというか、それがどこぞの誰かの不祥事隠しに使われたり、信用を貶めるために使われたりしていないかのほうが気になるというか。

ので、他のことを調べたほうが良いのでは?と思うことが度々あります。

ただ、今回、例に出した事案ではどうなのでしょう。本当のことは分かりませんが、しかし、内部リークの可能性も高いかもしれません。内部闘争でも相手の弱みみたいなものをリークして一方を勝たせようとする人達は多いですからね。

まあ、突然に湧いて出た話には容易に飛びつかないほうが吉なのかもしれません。そこには誰かの何らかの意図、情報操作や印象操作、話題そらしのような目的がある場合も多い気がします。

このような操作は、通常、国民の判断を大いに誤らせる可能性がありますし、本来問題にしなければならない問題を棚上げにしている可能性があります。

おわり。


ガッチャマン!9


またまた前回の記事の続きです。タイトルは...まあ、あまり気にしない方向で。

今回は、当然出てくる疑問について答える形になります。

さて、前回は従ってばかり、反発してばかりの心理傾向を持つ人は色々なことに利用されやすいという話で終わったかと思います。

ここで、当然の疑問として、なぜ利用されるのがダメなのかが出てくると思います。今回はそれについて答えます。

政治の話になってきますが、特にこういった性質は政治利用されやすい傾向にあるし、もし利用されると国民にとって大きな不利益を被ることがあります。

例えば、政府側の仲介人が政府反対派リーダーに会って、まあ、端的にいうと反対派リーダーにお金を渡していたとします。

で、反対派リーダーは政府の方針を批判する人達を集め、的はずれな批判を主導します。

ここで、構成員のほとんどは自分たちのリーダーが裏で政府とつながっているなんて知りません。本人たちはあくまで政府に反対する意図で従順に組織の役員リーダーに従っている形です。

こういった取り組みになんの意味があるのかというと、例えば反対派に的外れでかつ嘘っぽい批判を演じさせることにより、政府の支持を高めるのが狙いです。

これは人々の反発心を利用した策略で、昔から秘密裏に行われてきました。

少し分かりにくい話ですが仕組みは簡単です。

つまり、自分たちとは異なる立場の人達を買収し、的はずれな批判をやらせたり、底辺の人々(浮浪者やホームレスなど個人)にお金を渡して政府批判の旗を持たせ目立つところをうろつかせたりを政府主導で行います。

すると、こういう人々は世間の反発(反感)を買いやすいので、それが逆の結果を招くというわけです。つまり、相手の株を下げるため、相手側に世間の反発心を煽るようなことをやらせるわけです。すると、相対的に自分の株が上がります。

実際、こういうことが本当に行われているかどうか、私達は確認する術を持ちません。分からずじまいということも多い。

ただ、このように人々の反発精神が色々なことに利用されやすいというのは事実です。

それが何に利用されるのかは様々ですが、特に政治に利用された場合は厄介です。それは時に国民の判断を大いに誤らせる可能性があります。

したがって、容易に利用されてしまう性質を持つことは、危険な面もあると私は考えています。

利用されても結構じゃないかということも、もちろんありますが、利用されるととんでもないことに繋がることもあります。

最近読んでいる4コマ


たまてちゃんがお気に入りで、なんかいい。

タマは、とにかく面白いキャラということで、好き。このキャラがいなかったら、スロウスタートは相当地味なものになっていたと思う。とにかく、なんか好きなキャラ。

タマは、割と万能キャラで、何をやらせてもいい感じなのだ。

ツッコミ、ボケ、ギャグや場を和ませるのにも活躍しており、更に趣味人なので、タマの話は基本面白い。にも関わらず、強烈な我キャラでもなく、度量が広い所が良いと思う。


ガッチャマン#9


前回の記事が分かりにくすぎたので、当初の予定を変更してちょっとだけ補足します。

前回の記事でいいたかったのは、多分、「時に従い、時に反発せよ」みたいなことだと思いました。

従ってばかりじゃだめだし、逆に反発してばかりじゃダメだってことです。

その時その状況で一番適切な行動を取ること、そういったことを心がけることが大切なんじゃないかなと思います。

ある心理的傾向が強い人というのは、何が真実で、何が正しいかなど二の次で、それを考えてもいないことが多い気がします。

例えば、Apple嫌いな人がいたとします。

そういう人は何でもかんでもApple批判につなげてしまいます。何が真実で、何が正しいかなど考えていません。考えているのは、Appleが嫌いであり、批判したいというただそれだけなので、最初から結論ありきで考えてしまうのです。通常、結論ありきで考えると、どのような物事であれ、事柄であれ批判は可能な場合が多いのです。悪いところが全くない技術など存在しません。

もちろん、その反対の人もいます。いわゆるApple信者と呼ばれる人達で、彼らはAppleがやることは絶対的に正しいと信じています。なので、結論ありきで、Appleが行うどのような行動も正しいと考えてしまう傾向にあります。

でも、本当に大切なことは、何が真実で、何が正しいかです。

いや、正確にはAppleが嫌いだからと言って結論ありきで考えることよりも何が真実で、何が正しいのかを考えることのほうが大切だと思います。これはあくまで相対的に見ての話ですが、私はそう考えます。

つまり、Appleなんてどうでもよく、本質的には関係ないのです。無関係なのです。

関係しているのは、その人の心で、一定の心理傾向を持つ人の単に好き嫌いの話であったりします。色々な理由をつけ、根拠を提示し、あたかも自分が言っていることは正しいと言うように見せかけてはいるけれど、それは単に結論ありきの、好き嫌いを提示しているだけということも多い気がします。

なぜこれがダメなのかというと、それはその人の思考が読まれやすく、ワンパターンだからです。これはあくまで個人的な考えであり、先の話の続きで言うと真実でないからダメということになります。

しかし、私個人の考えからすると最もダメなのは、その人の思考が読まれやく、推測されやすいからダメなのです。

だって、彼らが言うことは決まりきっていて単に「Appleは嫌いだから、ここがダメ、あそこがダメ」と言うだけなので常に先が読めるのです。

「それはもう聞いた」となってしまって、そのワンパターンが続くと飽き飽きしてしまうのです。彼らの意見は一度聞けば十分な場合が多く、正直、その先は同じことの繰り返しなので「もう聞く必要ないでしょ」となってしまうのです。

ここで、Apple嫌いとApple信者、どちらがマシなのかという話を少しだけ。結論から言うと、Apple信者の方がまだマシだと思います。

一つは自分が好きなものを語っているから、という理由からです。嫌いなことを語るよりも、好きなことを語るほうが基本的には好感が持てるのではないでしょうか。一般的に。

もちろん、両方の性質を併せ持つ人も中にはいたりします。ただ、それってどうなのでしょう。もし自分が好きなものが自分が批判しているものに入れ替わった場合、彼は耐えられるのだろうか?とそんなことを思ってしまいますよね。

最後に、これらの対処法について、問題解決法について書きます。

結論から言うと、対処法はないし、治療法はありません。この点については問題解決も不可能です。

例えば、一定の心理傾向を持つ人がいたとして、それを変えることはできません。変えようとすればするほど本人は酷いことになると思います。ストレスで死んでしまうかもしれませんし、間違いなく体調は悪くなるでしょう。

私だって「あなたはこんな心理傾向があります。改善しましょう」と言われても、そりゃ無理です。それに、無理して改善しようとしても調子が悪くなるだけで、あまり効果はないでしょう。本人は酷い目に遭うだけです。

したがって、例えば、Apple嫌いな人は嫌いなままで良いし、Apple好きな人は好きなままで良いし、その好き嫌いに左右されるのみの結論ばかりでも全く問題ありません。問題ないというか、なんというか、無理に変えようとしても本人は酷いことになるだけで意味がないということです。

ただ、思考は完全に読まれやすいし、読まれていると思ったほうが良いです。

「それ100回くらい聞いた。要は嫌いなんでしょ?」となってしまうので、言い方は悪いですが、利用しようと思ったら、いくらでも利用できてしまいます。

分かりにくいですか?なら話を変えましょう。

従ってばかりいる人、逆に反発してばかりいる人は両者ともにその心理傾向が読まれやすいので、色々なことに利用されやすい気がします。

たとえその性質が変えようのないものであっても、この点は注意する必要があるのかもしれません。

追記ここまで

のんのんびより、リピートの感想


今回は、ほたるんの甘えん坊さん属性が明らかになったお話だったけど、個人的にはあまり違和感はなかったなあ。

案外、外でしっかりした人ほど、家の中では甘えん坊なのかもしれないし、一人の時とかは違った雰囲気を持つものなのかもしれませんね。


ガッチャマン9話


空気に流されやすい人と流されにくい人がいる。

でもどちらが優れているという話でもないと思う。

例えば、空気に流されやすい人は流されにくい人に一貫性がないって言われるだろうし、反対に流されにくい人はいつまで意地を張ってるの?と言われることもあるだろう。

私は時に空気に流されることがあっても良いんじゃないかと思っているし、ここだけは変えちゃダメだし、流されちゃダメでしょというものを持っていても良いと思っている。

ここぞっていう場面では、自分が納得できるものを選択をするのも、悪くないって思う。

反対に、空気に流されちゃダメ、空気を読んじゃダメ、自分の考えを持ってなくちゃダメ、間違えちゃダメっていうのは、「空気読め!!」と同じくらい息苦しいとも思う。

世の中には、「空気に流されるな派」の空気と「空気読めよ派」の空気が存在してるのですごく分かりにくい話ではある。

客観的に自分が全く見えてない人は「空気に流されるな派」が多いし、客観的に自分が見えてる(と思い込んでる)人は「空気読めよ派」であることが多い印象もある。

どちらの派閥にも自分の主張と一致した立場ばかり流してきたりするので、やっぱり、立場なんだなあと思ってしまう。正しさやその時、その状況で何が良いか、何が本当かなんて二の次で。

そういう人といると、少し疲れてしまう自分がいる気がする。


ガッチャマン9


アニメ視聴してなくて、感想読んだだけだけど、思ったことを書きます。

どうやら、くうさまが大暴れしたらしい。予想通りだけど、くうさまって、ゲルちゃんとは全く関係なくて、いや、関係はあるんだけど、別物で、それは最初からわかっていて、くうさまは、みんなの空気を実体化したものにすぎないので、空様を責めるということは自分たちを責めることにもなりそうで、なんだか怪しげな雰囲気がある。罠か!?

主張はこうだ。

「みんな甘えたい。甘やかされたい。自分と異なるものを排除したい」

そういった欲望が強調され、自分自身(国民自身)が表現されたのがくうさまっぽい。

だから「空気を嫌うものは、空気を作りやすい」ということになると思う。

例えば、怒ってる人がいたとして、少なからず周りの人たちもその怒っている人に影響されちゃって怒りだすとかいう現象があったりする。嫌いっていう感情も、やっぱり空気として周りに伝わるんじゃないかというのが個人的な考えで、例えば、空気が嫌いっていうのも周りに伝わり、そういった空気が作られることもあると思う。

...分かりにくいか。


トラブルで好きなキャラ


ララは完璧すぎてあまり好きになれず、モモがタイプ。

普段発明品とかでやらかしているララだけど、何というか作られた感というのがあって、それが受け付けないのかもしれないし、ララは性格的に嫌な部分が全く見られないというのが面白く無いのかもしれない。


ガッチャマン8話

アニメの感想だけど、うーん、なんかあったっけ。感想については言うべきことが何もない気がするなあ。まあ、面白く視聴出来てる感じがします。


のんのんびより、りぴーと#9

のんのん9

のんのんびより、9話はなっつんのお話。漫画のなっつんは可愛かったけど、なぜかアニメのおしゃれなっつんはダサかった。

そして、みんな服装が8話やその他と違って、やたらダサいというのが9話の特徴だった気がする。服装に関しては、漫画っぽさが出てた。

言ってることの意味がわからないと思うけど、原作者が大きく絡んだのがこの回だったと思う。

そもそも原作で可愛かったものをアニメ制作側が大きく変更を入れるというのはありえないように思うし、そういうのをやれるのは原作者っぽい気がする。また、その服装には、原作のダサさというのが、なんとなく出ているような気がする。原作、服装だけはみんな相当ダサいのだ。

これは、現実を忠実に再現というか、参考にした結果なのだろうけど、私は、アニメで採用される服装のほうが好きなことが多い。

何故か服装の話になってしまったが、今回、特に目立ってたので。

では、なぜ今回、原作者が絡んだのかを推測すると、原作者の方は、なっつん、新幹線(ひかげ)推しっぽい気がしてるので、その関係からかなあと予想している。

まあ、どうでもいいことなんだけど、そんなことを思ったので書いてみた。

私はあまり製作者とか原作者に言及することもないのだけど、別に意識してのことではない。

また、これに過剰な拒絶反応を示す人も中にいるらしい。

しかし、作品の楽しみ方は人それぞれ。

制作側のことを話してもいいし、予想をして楽しんでもいいと思うので、私の場合、特に限定や制約はないので、作者のことも書くし、時に予想だってする。

予想をすると楽しめない、制作側の話をしてはならないというのは、私には少し狭すぎる気がするし、特に気にしたこともない。

そもそも作品は楽しんで視聴しなければならないという決まりすらない。

例えば、研究素材として視聴して、それで立派な製作者になった人も多いと思う。

なので、研究素材、鍛錬素材などとして作品を使ってもいいし、使い方も人それぞれだろうなと思う。

今回はそんな感じで適当な話をしてみました。


のんのんびより、りぴーと#8



##のんのん8

のんのんびより8話を見た感想ですが、あ、りぴーとです。こまちゃんがやたら可愛くなってる気がするのが目につく。

これは、自分がこまちゃんに注目しているからなのだろうかというと、うーん、私はこまちゃんは、あまり好きなキャラではない。

ただ、漫画ではとてつもなくダサい服を着てるところが、何故か普通に可愛い物を着ていたりと、こまちゃんがやたら目につく。

これについては、他のキャラも同じで、なっつんの服装やれんちょんの服装も漫画とは全然違って良い感じだ。

なっつんは、ラフで男の子っぽい服装で、なっつん好きな人は嬉しいと思うし、れんチョンは逆に、女の子っぽく可愛らしい服装になってることが多く、れんちょんファンの人は、こういう服好きだろうなあという印象を受けた。

つまり、それぞれのキャラのファンがこういう服着て欲しいっていうのが実現したみたいな感じになってると思った。いや、そんはなずはないんだけど、なんかそう感じたりした。

こまちゃんもこれと同じことが起こっているように感じるのだけど、こまちゃん、漫画では際立ってダサい服装を着ていただけに、私から見ると、明らかに目立って見えてのだと思う。

そういえば、好きな服装で性格分かりそうな気もするなあというのを書いていて思いついた。なんで私は、ファン像とキャラの服装を結び付けたのかというと、そういうのが関係してそうな気もするからだ。

ちなみに、私が好きな服装は、白のワンピース。これは、ボロでもなんでもいいけど、真っさらでも良い。

ボロというのは、例えば、ToLoveるのイブの服装というか、イブの好みなんかがそれに当たる。イブっていうのは、えっと、魔法少女リリカルなのはの、金髪の子に似た感じで、同じタイプ。ちなみに、私はリリカルは全く見てないのであまり知らないけど。

ボロい服装を気に入る人なんているのかって思われるかもしれないが、私は気にしないし、そういうのを気に入る人もいるだろうと思っている。イブなんかはまさにそういうタイプって気がする。たくさんの服があっても、お金があっても、イブはわざわざ裾がボロボロになってるやつを着てる。つまり、そういうのを好むタイプもいるってことだ。

真っさらでピカピカでも、薄汚れてボロボロでも、それぞれに違った魅力があって、私はどちらも結構好きだったりする。

白のワンピースは、何もないとてつもなくシンプルなものが好み。

そして、白のワンピースが一番似合いそうなのがこまちゃんで、アニメでは、割とこまちゃん、白ではないけど、ワンピース着てる割合高くて、かわいいと思う。

今回でアニメのこまちゃんがとてもかわいいことがはっきりした。


人の五感(七感)で得意なもの


自分の五感のうち、最も自分が得意とするものはなんだろうかと考えてみることも、面白いかもしれないと思ったのでそんな話。


アニメの感想



Charlotte 8の感想


感想ついでに思っていることを少しだけ書いてみます。

今回は物語と関連して奇跡についてですが、奇跡って色々な考え方をする人がいるんですよね。

奇跡を信じる人、奇跡を信じない人、善行をしたからこそ奇跡は起こったんだと条件付きで信じる人などなど。

私は奇跡を肯定しませんが、否定もしない気がしますね。

奇跡はいつ起こってもおかしくはないけど、それは良いことをしたから起こるのではなく、等しく平等にだれにでも、いつにでも起こりえるものなのではないかなと。

つまり、偶然起こっても不思議ではないということです。

そこへ行くと、人間が考えたちっぽけな社会規範やルールって厄介ですよね。

悪いことをしたから罰が下ったとか、良いことをしたから奇跡が起きたとか。

でも、全方面からの悪いことや良いことなんてないし、または全方面の悪人もいなければ、善人もいないので、条件付きで奇跡が起こるという考え方は好きではないです。

それは単に自分の都合を言っているだけであって、それはほんとうのことではないと思います。


安全装置など



安全装置


今回は、セーフティーの考え方を少し説明。

人が疲れや痛みを感じるのはなぜなのか、考えたことある人はいますか。

実は、人が感じる疲れや痛みは、生命の上位機能の一つです。

例えば、昆虫なんかは、このような機能がなく、疲れも知らずに飛び続けられますが、限界が来た時にポックリと死にます。

したがって、疲れや痛みを感じる機能がなければ、割とすぐに限界が来て、死んでしまうことでしょう。

つまり、疲れや痛みを感じることは、生命維持、継続のために重要な機能だと言えます。

安全装置というか、危険警告機能というか。

そういったものも重要なので、あまり自信過剰になり過ぎないこともまた、大切なことなのかも。


いつもと少し違った感覚


曲を聞いた時、ゾクッとしたり、頭がしびれるような感覚を覚えたことがないでしょうか。

多くの人はこういうのを感じたことがあると思います。

その点で音っていうのは、人の感覚に最も大きく影響をあたえるものなのかも。

もちろん、映像(曲付き)というのもあると思いますが、ここから音が外れることはあまりない気がします。

では、これはあくまでその時だけの偶然的事情がなければ、発生しないものなのでしょうか。

実は違います。

ゾクッとしたり、頭がしびれるような感覚は音を使えば意図的に呼び起こすことが出来ると私は考えています。

そういったもの(自分が感じることが出来るもの)をストックして、是非試してみてはどうでしょう。

いつもと少し違った感覚を意識的に呼び出すことが可能になるかもしれません。それはそれで面白いかも。


ちょっと気になっているもの


現在気になっているちょっと欲しい物をリストアップしてみる。

欲しいものリスト


Bluetooth 折りたたみキーボード

タブレットやスマホで使えると思っているが、使わなくなるだろうと思っているので、なかなかに踏み出せない。わざわざタブレット+キーボードを持ち出すことがあるだろうかといえば、ないし、更に言えば、ソフトキーボードを使いこなす方が個人的にはカッコいいので、ソフトキーの入力を練習したいなあと思っている。ソフトキーというのはソフトウェアキーボードのこと。

Bluetooth イヤフォン

一応、Bluetoothイヤホンを既に持っているし、不便もないのだけど、かなり安くなったものがたくさん出てるし、性能の申し分なさそう。ただ、Bluetooth接続なだけに、音声となると、どうしてもバッテリー持ちは短いし、この辺りは高価な商品だろうと安物だろうとあまり変わらないと思っている。

LOGICOOL 充電式ゲーミングマウス G700s

電池が持たないらしく、かつ私はあまりマウス使わないので、買わないと思うけど、マウス良く使う人はすごくおすすめだと思います。

LOGICOOL ゲーミングキーボード G105

自分の場合、ノートパソコンのキーボードしか使ってこなかったので、一度、本格的なキーボードを使ってみたい。


ゲーミング


効率性や操作性を考えるなら、コンピュータ機器は、ゲーミングシリーズで揃えると良いかもしれません。ゲーミングシリーズとは、ゲーム用の機器のこと。

まず一つに、このようなアイテムを使うゲーマーと呼ばれる人たちというのは、常人をはるかに超えた能力を発揮することが多いです。

具体的には、判断力、思考力、反応速度、効率性などなど、常人のそれをはるか上をいく能力を持ち合わせているのが通常です。

その理由を考えてみると、当然のことかもしれませんが、「日々、全力で戦っている」という理由から来ることが多いかもしれません。

頭を使い、手を使い、戦略を使い、日々、対人相手(それも手ごわい)に全力で戦っている人たちというのは、基本的に、能力値がとても高いようと思います。

そして、そういう人たちが勝つために使っているアイテムというのも、堅牢性や操作性、効率性に優れたものであり、普通に使う分にもとても便利だと思われます。

したがって、その点で、普通のマウスやキーボードを使うのは、ちょっともったいない気もします。

ただ、ゲーミング用のアイテムというのは、通常、エネルギー消費量というか、そういうのが圧倒的に大きいことが多いです。まあ、一瞬の勝負に勝つために工夫され、考えられているものですから、しかたありません。

しかし、高性能を求めるなら、個人的には、コンピュータ機器は、ゲーミングシリーズがおすすめだと思います。ディスプレイ、マウス、キーボードなど。

4Gamer完全解説!ゲーマー向けマウスとキーボードの選び方

  • パソコン本体 : ゲーミングは良くない

  • キーボード : 良い

  • マウス : 良い

  • ディスプレイ : 基本良くない。しかし、値段を気にしないのであれば良い

オリジナルの危険

日課に関しては、基本的に私のようにやるのはとても危険だと考えています。つまり、オリジナル。

自分で考えただけのやり方は、危険なこともあると思います。

人一人が思いつくようなことは、通常、それほど大層なものではない場合が多く、その点で、たくさんの人が目にし、修正の機会も多い本やネットの情報というのは、偉大だと思う。

なんにせよ、何かをやり始めるにあたって多くの人には、目的があるはずで、私自身、例えば、筋力をアップさせるという目的を考えると、自分がやっている方法以外の効率的なやり方が無数に思い浮かぶので、他にも良い方法がたくさんあるはずなので、できればそちらの方を参考にしたほうが良いでしょう。

まあ、私は自分で考えたやり方でしかやりませんが...。


ついでにやる


私は「ついで」に何かをやるのが基本的に好きです。

日課の運動中にも頭のなかで勉強してたりとか。

例えば、腹筋をしているとします。腹筋って退屈なんですよね。基本、頭のなかで数を数えているだけですからね。

そこで、もっとマシなことができないかと思い立ってやっているのが勉強です。というか、普段の日常で勉強している時間なんてない人が多いかと思いますが、オススメなのは日課の中に組み込むことだと思います。

私の場合、運動中(筋トレ、ランニングなど)に頭のなかで勉強をやるようにしています。ここでの勉強は、すべて問題形式にします。これは自分が作っても良いし、他人が作ったものを持ってきても良いです。

まず問題から思い出します。思い出すというか、答えるというか、そんな感じです。

そして、思い出した問題を解いていくという感じでやります。日頃やっていて思うのが、問題を出すというのが一番難しいですね。難しいというか頭を使います。問題が出せれば、割と答えはすぐに導ける感じです。

勉強の内容は色々です。好きなものや役立ちそうなものをやればなんでもいいと思います。

ここで、重要なのは解答そのもの、もしくは解答までの計算式を圧縮することです。

日に日に増えていく内容に通常は耐えられませんから、私の場合、普通に解いていたら100時間以上かかるようなものを30分や1時間に圧縮しています。

このような感じなので、トレーニング中に他のことが気になりだしたり、思考が中断すると大変です。

たった1秒のロスが30分や1時間のロスにつながってきます。また、再起動、思考を繋ぎ直すのにも時間がかかりますし、相当な負荷になります。

と、少し大げさですが、日課は色々とついでにやってます。おわり。


オススメ


私は基本的に購入するパソコン機器は、メーカーによって決めています。

ほぼ1回目で調子良かったもののメーカーを選択し続けてる感じ。

例えば以下のようになります。

##マウス : Logicool

Bluetooth M557, トラックボール M570t

トラックボールは面白そうなので使ってみました。最初は面白かったのですが、最近飽きてきました。ちなみに、トラックボール、違和感なく使えていますが、通常のマウスと同じ効率性です。特に操作しやすくなったとか効率良くなったということはありませんでした。ただ、場所は固定されますのでその点では良いかもですね。

というかマウスにはあまりこだわりはないですね。あまり使わないし。でもStudio One, GIMPなどを使うときは必要になります。

ちなみに、LinuxでBluetooth使うにはbluemanがお勧めです。が、セットアップからでは接続できないという謎の仕様(バグ)がありますので、検索、ペアリング、接続という手順を踏みます。メニューから。ただし手順を踏まないでセットアップした場合、一旦デバイスを削除してから、正しい手順を踏みます。

これはコマンドラインbluemanctlからやっても失敗するし、デバイスを一旦削除しなければ正しい手順を受け付けてくれない。したがって、bluemanのバグというより、Linuxのbluetooth, bluez5がアレということで思ってる。

##キーボード

買ったことないのでわかりません。

##無線LAN : BUFFALO

無線LAN親機

特にないですが、この辺は非常に重要です。基本的な設定はできるようになってるし、できるだけシンプルな機能しかついてないほうが良いです。

ルーターは、コンピュータをWANにつなぐ最初の出入り口になるため、攻撃されやすく、トラフィックを監視されやすい。ファームウェアのアップデートが充実しているあまり使われてないモノのほうが良さそうな気がします。BUFFALOのやつは人気なので狙われやすそう。

ただ、それを判断するための知識も技術もないので、最初に買ったやつをそのまま使っている感じ。

##USBメモリ,micro SD : Transend

32GB USB3.0 & micro USB 2.0

USBでもトランセンドのは、カッコいいのが多いので。つまり、見た目重視。書き込み、読み込み速度は重要だけど、公式的な数値なんてそもそもあまり信用していないですね。


筋トレとか


この前、どんなふうに筋トレしてるのかっていうのを一部、ここに書いたが、実は、こういうのは、だいぶ前からやってるし、ついでにやってるだけなので、言ったことがなかった気がするけど、言ったことがないことは日課に関して言えば、他にも山ほどある。

ただ、筋トレでも、単に腕を動かすだけとか、足を動かすだけとか言うのはつまらないので、それをしながら、ついでに呼吸を整えることをやってみたり、ついでに手の前で三角形を作ってみたりと、なにか一つのことだけやるのではなく、複数のことを同時にやったほうがいいんじゃないかと思ってるので、ついでにやってることが結構ある。

それじゃあ集中できないでしょっていう意見や疲れちゃうでしょという意見もあるかもしれないが、むしろ集中力を高めるために呼吸を整えようとするわけで、複数のことを同時にやると一つのことに集中できないというのはいささか乱暴のように思うし、私はむしろ、ただ筋トレしてるだけよりも、ついでになにかやるほうが集中できるような気がするので、こんな感じでやってる。

もちろん、筋トレなら筋トレだけに集中するのも私はありだと思っている。ただ、私のやり方はこんな感じなのだ。

それが良いか悪いかなんて、そんなことは正直、どうでもいい。

また、疲れちゃうという意見に関しては、これは気持ち次第という部分が大きいと思っている。「たくさんのことをやると、疲れてしまう」というのは、内容にもよるが、気づかれである場合も少なくない。

もちろん、気持ちはわかる。基本的には何かのついでに負担の軽いことを一緒にやってみる、試してみるということは大切だが、初っ端から無茶すると、続かないので、完全に気持ちの問題だというわけでもないのは確かだ。

個人的には、一度試してみて、負担だなあ、嫌だなあ、疲れるなあなどと思ったら、それをやめればいいだけの話なので、それほど気負うことでもない。

そして、一番重要なことは、「自分は筋トレしてないからダメなんだ」とか「続けられないからダメなんだ」とかそういうことは全く気にする必要はないということだ。

私自身、単にこういったことを続けて、ネタとしてこういうことを書けるに過ぎず(他にネタがあれば、書きたくもなかった気もするが)、それ自体、全く価値の無いものだろう。

ここで、個人的な価値観が大きく出るところでもあるし、ある意味、これが私の個性と言ってもいいかもしれないので、ついでにそういった話もしようかなと思う。

私の個性、性質は、「気にしない」というところが非常に大きいと前々から思っていたのだが、そういうのがこういった所でとても出る。

例えば、私は、自分の身長、体重、その他、年齢までもを基本的に覚えていないし、気にしたこともないというのがある。

他人のそれや自分のそれを執拗なまでに気にする人もいるようだが、私は気にしたことがないので、覚えてすらいないのだ。

だから、身長を聞かれても、体重を聞かれても、はたまた年齢を聞かれても、あまり覚えていないので、答えられない。

ただ、基本的に私は平均に近い値だろうと勝手にそう思っている。が、平均よりも少し小さめだろう。

こと年齢に関しても、今まで自分の年齢を把握していたことは実は一度もない。3歳の時も5歳の時も7歳の時も、または12歳になっても、私は自分の年齢をはっきりと答えられない人間だった。

そんなバカなと思われるかもしれないが、このようなとんでもなく無頓着な人間も世の中にいるのだ。

たとえば、小学校か中学校の頃、年齢を記入しなければならない用紙を前に、隣の子の年齢を見て記入したのを覚えている。まあ、誕生日で1歳違うことがあるらしいのだが、んなもん知るか。

このように、私は自分の情報すら気になったことがあまりないので、他人のそれは、やはり、ますます気にならない。

みんなこんな感じなのだろうか。いや、これに関しては、自分が異常っぽい気もする。

人によっては100点をとった数とか、総合点を覚えていたりとかするかもしれないし、身長や体重をはっきりと答えられる人もいる。

ただ私は、そんなちっぽけな人の違い、例えば、身長が2,3cm違うとか10cm違うとかそんな細かい、しかも時間とともに変わりゆく数字を気にしても仕方ないというかなんというか、そんなことどうでもいいだろうと思ってしまう性質らしい。

いや、違うな。そもそものところ気にしていないのだが、そういうのを気にしている人を見ると、ほえーと感じるのだ。

もちろん、どちらが良いとか悪いとかでもないし、こういう性格は変更できるものでもない気がするのだが、私は、自分がやってることや他人がやってること、そして、自分ができなかったことなど、そんな細かいことは死ぬほど気にする必要はないと考えている。

この前の記事で気をコントロールするために筋トレをしているといったが、それもついでの理由に過ぎず、本質的には、続けてるから続けているに過ぎず、特に理由もなくやっているというのが本当のところだったりする。

したがって、理由なんて気にする必要もないし、更に言えば、理由なく続けられることができれば、少しは面白くなるかもしれないと思うので、こういうことを書いてみたが、面白い理由を見つけて続けられれば、それはそれで面白いと思うので、ヒントになりそうなものも書いてみたのが、この前の記事だ。

多分、もうこういうことを書くこともないと思うが、ついでに何か自分で考えてやってみると良いかもしれないし、最終的には、理由なんてなくても全くと言っていいほど気にする必要もないというのが今回の話だ。

更に言えば、自分ができることを気にする必要がないのと同じように、自分ができないことも全く気にする必要はなしである。自分のそれを気にしなくなれば、多分、他人のそれはもっと気にならないと思う。

ただ私も星座占いとか血液型占いとかは面白いので、星座や血液型は覚えていたりする。したがって、身長、体重占いなんかが出てきたら、そういった自分の情報を記憶することはあるかもしれない。