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筋トレとか


この前、どんなふうに筋トレしてるのかっていうのを一部、ここに書いたが、実は、こういうのは、だいぶ前からやってるし、ついでにやってるだけなので、言ったことがなかった気がするけど、言ったことがないことは日課に関して言えば、他にも山ほどある。

ただ、筋トレでも、単に腕を動かすだけとか、足を動かすだけとか言うのはつまらないので、それをしながら、ついでに呼吸を整えることをやってみたり、ついでに手の前で三角形を作ってみたりと、なにか一つのことだけやるのではなく、複数のことを同時にやったほうがいいんじゃないかと思ってるので、ついでにやってることが結構ある。

それじゃあ集中できないでしょっていう意見や疲れちゃうでしょという意見もあるかもしれないが、むしろ集中力を高めるために呼吸を整えようとするわけで、複数のことを同時にやると一つのことに集中できないというのはいささか乱暴のように思うし、私はむしろ、ただ筋トレしてるだけよりも、ついでになにかやるほうが集中できるような気がするので、こんな感じでやってる。

もちろん、筋トレなら筋トレだけに集中するのも私はありだと思っている。ただ、私のやり方はこんな感じなのだ。

それが良いか悪いかなんて、そんなことは正直、どうでもいい。

また、疲れちゃうという意見に関しては、これは気持ち次第という部分が大きいと思っている。「たくさんのことをやると、疲れてしまう」というのは、内容にもよるが、気づかれである場合も少なくない。

もちろん、気持ちはわかる。基本的には何かのついでに負担の軽いことを一緒にやってみる、試してみるということは大切だが、初っ端から無茶すると、続かないので、完全に気持ちの問題だというわけでもないのは確かだ。

個人的には、一度試してみて、負担だなあ、嫌だなあ、疲れるなあなどと思ったら、それをやめればいいだけの話なので、それほど気負うことでもない。

そして、一番重要なことは、「自分は筋トレしてないからダメなんだ」とか「続けられないからダメなんだ」とかそういうことは全く気にする必要はないということだ。

私自身、単にこういったことを続けて、ネタとしてこういうことを書けるに過ぎず(他にネタがあれば、書きたくもなかった気もするが)、それ自体、全く価値の無いものだろう。

ここで、個人的な価値観が大きく出るところでもあるし、ある意味、これが私の個性と言ってもいいかもしれないので、ついでにそういった話もしようかなと思う。

私の個性、性質は、「気にしない」というところが非常に大きいと前々から思っていたのだが、そういうのがこういった所でとても出る。

例えば、私は、自分の身長、体重、その他、年齢までもを基本的に覚えていないし、気にしたこともないというのがある。

他人のそれや自分のそれを執拗なまでに気にする人もいるようだが、私は気にしたことがないので、覚えてすらいないのだ。

だから、身長を聞かれても、体重を聞かれても、はたまた年齢を聞かれても、あまり覚えていないので、答えられない。

ただ、基本的に私は平均に近い値だろうと勝手にそう思っている。が、平均よりも少し小さめだろう。

こと年齢に関しても、今まで自分の年齢を把握していたことは実は一度もない。3歳の時も5歳の時も7歳の時も、または12歳になっても、私は自分の年齢をはっきりと答えられない人間だった。

そんなバカなと思われるかもしれないが、このようなとんでもなく無頓着な人間も世の中にいるのだ。

たとえば、小学校か中学校の頃、年齢を記入しなければならない用紙を前に、隣の子の年齢を見て記入したのを覚えている。まあ、誕生日で1歳違うことがあるらしいのだが、んなもん知るか。

このように、私は自分の情報すら気になったことがあまりないので、他人のそれは、やはり、ますます気にならない。

みんなこんな感じなのだろうか。いや、これに関しては、自分が異常っぽい気もする。

人によっては100点をとった数とか、総合点を覚えていたりとかするかもしれないし、身長や体重をはっきりと答えられる人もいる。

ただ私は、そんなちっぽけな人の違い、例えば、身長が2,3cm違うとか10cm違うとかそんな細かい、しかも時間とともに変わりゆく数字を気にしても仕方ないというかなんというか、そんなことどうでもいいだろうと思ってしまう性質らしい。

いや、違うな。そもそものところ気にしていないのだが、そういうのを気にしている人を見ると、ほえーと感じるのだ。

もちろん、どちらが良いとか悪いとかでもないし、こういう性格は変更できるものでもない気がするのだが、私は、自分がやってることや他人がやってること、そして、自分ができなかったことなど、そんな細かいことは死ぬほど気にする必要はないと考えている。

この前の記事で気をコントロールするために筋トレをしているといったが、それもついでの理由に過ぎず、本質的には、続けてるから続けているに過ぎず、特に理由もなくやっているというのが本当のところだったりする。

したがって、理由なんて気にする必要もないし、更に言えば、理由なく続けられることができれば、少しは面白くなるかもしれないと思うので、こういうことを書いてみたが、面白い理由を見つけて続けられれば、それはそれで面白いと思うので、ヒントになりそうなものも書いてみたのが、この前の記事だ。

多分、もうこういうことを書くこともないと思うが、ついでに何か自分で考えてやってみると良いかもしれないし、最終的には、理由なんてなくても全くと言っていいほど気にする必要もないというのが今回の話だ。

更に言えば、自分ができることを気にする必要がないのと同じように、自分ができないことも全く気にする必要はなしである。自分のそれを気にしなくなれば、多分、他人のそれはもっと気にならないと思う。

ただ私も星座占いとか血液型占いとかは面白いので、星座や血液型は覚えていたりする。したがって、身長、体重占いなんかが出てきたら、そういった自分の情報を記憶することはあるかもしれない。