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教えの一つの側面



教えの一つの側面


皆さんはこの問題、どう捉えられているか知りませんが、私の場合、世の中、ズルした人が勝ちやすいんだから、当たり前の問題であり、特別視するほどの大問題なのかなあとそう考えています。

これがよくわからないという方は、下のニュースなどがわかりやすいかもしれません。

「兜町の風雲児」、株価操作で60億円売却益 監視委、大物仕手筋元代表を告発へ

彼は、70代男性ですが、ずっと前からこういうことをやってて、現在は70歳ということらしいです。しかも、彼は多分、不起訴かまたは無罪になる可能性が高いと思われます。なぜなら、時効の問題とこういったことの立証はすごく難しいと思われるからです。

彼らは、東芝のトップだった人たちも含めて、こういうことが明るみに出る前は、世間的に見ると成功者でした。まあ、明るみになった現在も成功者に変わりないわけですが、本当のことが明るみに出るまでは、事情を知らない人たちからもさぞ褒められたことでしょう。

では、彼らだけが特別おかしなことをやって、現在非難されているのかというと、私はそうは思えません。彼らももしかしたら、「みんなやってるから、自分もやった」というに過ぎないのではないでしょうか。

とすると、成功する人たちというのは、一般的には、上手くバレないようにズルをする人が最も多くの割合を占めているのかもしれません。

今回、このよう話をするのは、一般の人は、この程度のことくらいは認識しておいたほうが良いことだと考えるからです。

何故かと言うと、上手く行かなかった時、成功しなかった時に、「私は誠実で、嘘もつかず、誰よりも真面目だったのに!!」と怒ってしまう人が出てくるからです。

上記の理論から言うと、誠実であり、嘘をつかず、真面目であることは、成功に必要なことではありません。

もちろん、そういうことで成功を収めた人もいるでしょう。しかし、不正を働いていた人たちも、大抵は、インタビューではそういうのが大切だと、そりゃ言いますよ。なので、私たちには通常、見分けがつきません。

では、「誠実であれ、嘘をつくな、真面目であれ」などの価値観って一体何なのでしょう。

これは、基本的には、誠実で真面目な人間ほど支配しやすいものはないからという側面があると考えられます。反対に、こういったルールを作る彼らの多くは、それを守らないことが多いです。例えば、自分たちだけは例外だと言うわけです。憲法にも国会議員の免責特権が保証されています。それは、各々お法律によって明文化されています。したがって、犯罪を犯しても逮捕されませんし、できません。気になる方は条文のほうを確認してください。ここでの記述は相当簡略化しています。

このような誠実であれ、嘘をつくな、真面目であれなどの一つの価値観は、絶対ではなく、誰にとって都合が良いのかという話にすぎないことが往々にしてあります。

つまり、多くの人はなんとなく、誠実でなければならない、嘘をついてはならない、真面目でなくてはならないと考えていますが、それが正しいことというよりは、一つの価値観だということです。そして、このような価値観が一体どこから来ているのか、そういうのを考えてみるのも面白いかなと思います。

では、なぜ、誠実で、嘘をつかず、真面目でなければならないと言ってる人たちが、不正行為なんてするんでしょう。

その理由は、そのほうが得であり、利益を得られるからにすぎません。不正が発覚した企業なんかも、そもそも、バレると思ったらやってないし、こういうことがバレる確率は低いだろうとそう考えていた事がわかります。そして、それは一部の真実でもあると言えるでしょう。

もちろん、私は、誠実であること、嘘をつかないこと、真面目であること、もしくはそうあろうとしている人は高く評価しますし、自分もなるべくそうありたいとは思っていますが、しかし、そうでなくても、それは自然なことなのだと思います。

私が今回、なぜこんな話をしたのかというと、先程も述べたように、成功や幸せと誠実で真面目であることは必ずしも繋がらないということを認識して欲しいのだと思います。

むしろ、あまり得なことはないですし、単に得をしたい、利益を得たいだけなら、むしろこの考えとは違う道を行くべきです。

具体的には、人を騙し、ズルをし、不正を行い、それがバレないように上手くやれば、あなたが成功する確率は圧倒的に高まると思われます。

ここで、不正を行った人間なんかいずれツケが回ってきて、ひどい目にあうなどという考えもできればやめたほうが良いと私は思います。

そうならない可能性のほうがじつは高いからです。もちろん、運悪く不正が発覚したりする場合もありますが、そのような時の犯人の言い訳を聞けば、多くの人は真実を察するには十分だと思われます。「みんなやってるのに、なんで俺だけ...」、多分、犯罪者(自分ではそう思ってないだろうけど)の心情の多くはこれでしょう。

そして、不条理なことに、不正を行い、多くの人々を苦しめたにも関わらず、幸せで平穏なうちに息を引き取った人間も多い。

また、「いや、カルマがあるから大丈夫」、これもできればやめといたほうが良い考え方だと思います。このように考える人は、いったい何がしたいのでしょうか。彼らを罰したいんでしょうか。それとも現在の状況に満足していないからでしょうか。後世や来生なんてものが人間にコントロールできるはずがないです。想像するに、そこは人間の価値観が通用しない領域でしょう。

「良いことをすれば、きっと来生で良い思いができますよ」なんて言われますが、しかし、良いことってなんでしょう。人によって良いことでしょうか。

例えば、人間が80年生きるとして、その間に、どれだけの生物を犠牲にするかというと、その圧倒的な数は計り知れません。あなたがもし80年生きたとして、その下には、山のような、それこそとてつもない量の屍が築きあげられているはずです。それを見た人たちは、普通はこう感じるはずです。「割にあわない」と。

自分のようなちっぽけな人間一人に、これほどのものが犠牲になっているなんて、「割にあわない」と。

そうですね。条理に合う、合わないという話があります。この場合、人間が作ったルールに基づいて、帳尻が合う合わないの話をしていることが大半です。しかし、自然のルールに基づくと、生物は、基本的に条理に合わない存在です。エネルギー効率から言っても、供給量と消費量では、それをゼロにすることはできず、基本的には、消費量のほうが上回ります。つまり、人間が言う条理に合わないことが、自然界のデフォルトです。

「こんな人生、不条理だ、理不尽だ、神様は不公平だ」なんていう人がいますが、私には理解できかねます。確かに、人間が目指した公平で平等なルールの上では、それは不公平であり、不条理かもしれません。しかし、自然界では、それはデフォルトです。あたりまえのことであり、そんなことを問題にすること自体、意味がわからない。

難しい話になってしまいましたが、言いたいことは単純です。「人間が作った価値観やルールのうえで良いことをしても、それで来生が良くなる可能性は限りなくゼロに近い」ということです。

ここで、その人の人間性が明らかになる場面でもあります。

それは、全く得なことや利益は何もないが、それでも良いことをしようとするか否かです。

私はどちらも否定しません。どっちでもいいと思っているからです。また、どちらが上というわけでもありません。

しかし、あえて言うなら、それでも進んで良いことをしようとする人たちは、人間が目指した公正、公平な社会の上では評価されるでしょう。反対に、ズルをしたり、不正をしたりしてやっていきたいという人は、自然界のルールの上では評価される行いです。

これについて納得出来ない人は、こう考えると良いかもしれません。例えば、「ずる賢く、狡猾な動物」と「優しく、正直な動物」どちらがより生き残る可能性が高いかどうか。通常は、前者であるずる賢くて狡猾な動物のほうが生き残る可能性が高いとそう答えるでしょう。このような判断は、みなさんが自然状態とはどういうものかを認識したうえでそう判断していることになるかと思います。

人はその本質に逆らえません。なので、無理矢理に良いことをさせようとしても、または悪いことをさせようとしても、上手く行きません。

こういうことを認識したうえで、自分がどうありたいのか、よく考えると良いと思います。もちろん、深く考えなくても直感でも構いません。多くの人は、やはり直感的、感覚的に自らの本能に従って生きているだけです。上で挙げた不正をしてる人たちなんかもそうであるに過ぎません。そして、それは自然的には正しいことであり、ズルしたほうが勝ちやすいんだから、ズルをするに決まっているだろということになります。

日本の株式市場なんかも、ニュースなんか見てると、私の判断からすれば、8,9割はチート(ゲームで言う不正改造ツールのこと)を連射してる人が勝つんじゃないかなという気がします。もちろん、1,2割は真っ向勝負で本当にやっていると思われますが、もしあなたが、こういったところで戦いたいのなら、そして、チートを使わずに戦いたいのなら、チートを連発するような人たちと勝負することになるということは頭に入れておいても損はないかと思われます。

よくわからない。そんはなずない?例えばですが、最もチートを連発しているところは、日本政府とか、中国政府ということになりますので、すごくわかりやすい話だと思います。現在、日本政府は円安誘導のために様々な数兆円を遥かに超える規模の介入を連続して行っていますが、円安になれば、当然、株価が上がったように見えるので、都合が良いのだと考えられます。誰に都合が良いのかというと、資産の大半を株式で持っている政治家とかに都合が良いわけです。だれも慈善事業でこんなことをしようという人はいないわけで、殆どの場合、税金を使っていかに儲けるかという話なので、割と簡単な話なのです。もちろん、円安になれば、今まで5万円で買えたものが10万円出さないと買えなくなるような事態になってきます。これから先、いや、換算すると、既にこれに近い状態なのかもしれません。これは、資産を円で保有する人たちの資産価値を下げることであり、株式などを保有していない一般国民の利益を損なう行為ですが、税金を使ってチートを連射して、それで自分達や自分たちの支援者(お金持ち)が儲かるんだから、そんなことを誰も気にしたりしません。ここで言いたいのは、上手く行かなかったら、上手く行かなかったで、別に自分へのダメージは一切なくチートを連射してる人たちもいるということです。中国政府なんてもっとすごいことをやってますよね。例えば、株を売るものは逮捕するとか。彼らのトップも資産は株で保有しているので、値下がりすると困るんだろうとそう思いますね。

と、少し難しい話になってしまいましたが、チートを連発すれば、それで疲弊し、いずれ使えなくなるのではないかと考えるのは、少し違うということです。どれだけチートを連射しても自分へのダメージは一切なく、それで儲ける人たちも少なからず存在する可能性があります。そして、「ズルをすれば、いつかは身を滅ぼす...」なんてことも殆どの場合やってこないでしょう。

しかし、だからなんだというのです。トップはズルをするなと教えるが、自らズルしてることなんて、よくあることで、それは当たり前のように行われている一つの現象に過ぎません。誠実さ、真面目さが大切だと他人に教えるのは、単に、真面目で正直な人間ほど支配しやすいからに過ぎません。

ただし、これらを事実として認識することは重要ですが、これらに対して怒り、絶望することはあまり重要ではありません。そんなことをしてもあまり意味が無い。そして、あなたはどちらにつくか自分で選べるのだから、自分と違う立場だからといって怒るのはなんか違うでしょう。

私は他人のそういった選択に関して、特に言うことはありませんね。

そうそう、いい忘れていましたが、NO GAME, NO LIFE(ノーゲーム・ノーライフ)というアニメが過去にありましたが、このアニメはこういった部分の真実描写がすごくうまかった気がしますね。

私の場合も、チートなんて使いたいだけ使えばいい、私は使わないし、使えないけどねというのが個人的な考え。