欲しいものリスト

創作物と作者の関係


素晴らしく人気の作品の作者が、その作品の雰囲気と同一だとは限らない。

これは、当然のことだろう。

しかし、考えても見て欲しいのだけど、例えば、文章を書いている人も、その文章の雰囲気と同一だとは限らないということだ。

また、対面しても、仲良くなっても、よくしゃべっていても、それでもその人のことは実はよくわからないのかもしれない。

さて、ここで、創作物と一般的な文章(これも一応は創作物だが、ここで言う創作物はより複合的なものをいう、絵や音楽など)を比べると、どちらのほうが情報量が多いだろうか。どちらのほうが作るのが難しいだろうか。

文章を作るだけなのは、創作物を作るよりも簡単だ。

しかし、それ故に、単なる文章は、読者に与える情報量も少なくなりがちである。

ここで、例えば、漫画作品とラノベでは、漫画のほうが圧倒的に情報量が多い。そして、作るのも難しい。

だとすると、どちらがより作者を現すことが多いだろうか。

私は、単なる文章よりも何らかの創作物のほうが、より作者を現すことも多いだろうと考えている。それを読み取れるかどうかは別にして、それを読み取れるとしたらだが。

ちなみに、漫画でも複数の人がチームとなって作っているので、その場合はどうなるのかと考えられる人もいるかもしれないので、その場合について答えておこう。

チームの中には権限が強い人がいるのが通常だ。監督とか、原作者とか。この場合、その権限が強い人の思想が作品により大きく現れやすいと考える。もちろん、チームのメンバーのものもその比率に応じて現れると思われる。これを集団としての思想と捉えても良いし、個別的割合的に考えても良いと思う。

とはいっても、この世に立ち現われているものであるかぎり、そこからは、何かを読み取れるということだ。

それは、文章であれ、創作物であれ変わらない。

以前、「ネットではその人の本質を隠すことはできない」という記事を読んだことがある。私は、絶対ではないが、ネットではその人の本質が出やすいだろうとそう考えている。

今回の話も、割とそれに似た結論を述べているに過ぎない。

絶対ではないが、創作物は、単なる文章よりも、その人の本質が出やすいものだと私は思う。