れんちょんとのやり取り



のんのんのれんちょんとちょっとしたやり取りをしてみました。想像です。インスピレーションです。

私は、れんちょんのことを、ツンっ子だといいましたので、その確認ぽいことです。

単なるギャグですので、あんま真剣に考えてはダメです。

「れんちょん、勉強してるの?」

「違うのん。計算の答え合わせなん」

「ふーん、れんちょん、勉強疲れたでしょ?」

「うち、全然疲れてないん。まだ平気なん」

「れんちょん、なんで踊ってるの?」

「これダンスではないん。れっきとした儀式なん」

「じゃあ、なんで儀式なんてしてるの?」

「これはただの儀式じゃないん。すごい儀式なん」

「じゃあ、なんですごい儀式してるの?」

「このすごい儀式は、ソスンスっていうん。ちゃんとした名称で呼ばないとダメなん」

「...なるほど」

れんちょんは、殆どの受け答えを反対の答えで返します。否定から入ります。反発です。反乱です。

それが正しいことか、本当のことか、真実かは、考えていません。

れんちょんにとってそれはどうでもよいことなのです。関係ないことなのです。どうでもいいことなのです。

あとは、アニメのほうで「ああいえば、こういうれんちょん」を見てみても面白いかもしれません。

こういうのも個性で別に良いと思っていますが、こういう面倒くさ...いや、面白い人もいるのです。

この前はそんな感じでいきなりれんちょんを例に出しました。れんちょんはまだ小さいので、本質がとても分かりやすいのです。

年齢が上がるに連れて、本質は読みづらくなる傾向になります。

なぜなら、年齢というのは、自分を隠す能力、いわゆるごまかし力を引き上げるだけのものですからね。

どれだけ歳を重ねようと、その本質は小さい頃と全く変わってないという人のほうが多いと私は考えています。

まあ、そんな感じで。おわり。


くまみこ、漫画を読んでマチが嫌いになった話



くまみこ、アニメを見て、漫画を読んで、そして、マチが嫌いになりました(笑)

自転車壊したり、コンピュータ壊したり、なんで壊すの?

いや、自転車はまだいいよ。仕方ないよ。

でも、コンピュータの壊したのは、一体どういうことなの(漫画)。なんで、変な儀式みたいにするの?というか、なんで壊すの?

私は、リアルで儀式ってのが大嫌いだし、変な儀式をやろうとする人たちも基本嫌いなのです。

ここで言う儀式というのは、とても概念が広く、例えば、入学式やクリスマス、お盆、お墓参り、葬式-そうしき(ネット葬式?)なども含まれます。なんかよく分からんけどやってるあれが嫌いなんですよ。

こういうのは心の問題です。他人に強制すべきものではありません。

確かに、一人で勝手にやってる分には別にいいのです。しかし、変な儀式に誰かを巻き込んでやってるというのがとても気に入らない。

旗から見れば、訳の分からない怒りポイントでしょう。私もそう思います。自分って結構変なところで変なんです。

しかし、今回、マチがコンピュータ壊している一連の動作を見て、最後の儀式を見たところで、激おこですよ。「こいつなんなの!!」と。多分、ごまかそうというのもあったんでしょう。儀式のそういうところが嫌いです。

というか、なんで他人のモノをめちゃめちゃに壊そうとするの?

そんなマチが嫌いです。

儀式もなあ、壊したコンピュータをわざわざ奉(たてまつ)らなくてもいいっての。いや、むしろ奉ることによって、壊れ方ひどくなってないか?

反対に、クマのほうが私は好きですね。

クマのほうがいい性格してるし。

一応、ネタですので、マチ好きな人はあまり気にしないでください。

ちなみに、私は3番の衣装が一番良いと思いました(アニメ)。


今期視聴のアニメ



クマ巫女とネトゲを視聴予定。あとは、よくわからないので、いいかなと思ってるけど、感想とか読んで気になったら見てみることがあるかもしれません。

楽しみにしている場面は以下の様な感じ。

クマ巫女


クマ巫女は、んー、実はあまり楽しみでなくなってしまったのですが、巫女ではなく、クマに注目してます。

巫女さんの方はですね、あまり好きではない...。理由は次回の記事で説明します。

ネトゲ


ネトゲは、アコがどんなことをやらかしてくれるのかに注目しています。

ゲームと現実を区別できていないとか、どんなだよという感じで、もはやギャグでしかありませんが、どんな風になるのでしょう。私気になります。

中二病が少しは入ったサイコな感じかな。

ちなみに、私は割りとサイコな感じの子が好きなんじゃないか疑惑があります。

例えば、「なれるSE」では、脳内結婚してる人が好みですし、「未来日記」では、ヒロインの人殺しの子がお気に入りです。

彼女たちの共通点は、一言で言えば、「好き」が強いということですね。見ていて面白いのです。

なので自分は、好きが強すぎる子も割りとツボなのかもなーと分析してます。一般的には、ちょっと怖いよ!!て言われてしまう彼女たちですが、私は好きですねー。

アコは上記に分類されるかも。つまり、サイコ系。


ネトゲの嫁8



このアニメで気に入らない部分を述べます。あくまで好みの問題なのであまり気になさらずに。基本面白いのですけどね、それでも気に入らない部分はやっぱりあるのです。今回はそんな話。

男分が不足している


ネトゲメンバーは最初の頃は男3:女1でした。現実味がありました。

しかし、アニメが進むにつれ逆転しました。

予想はしてましたが、ハーレムですね。

主要メンバーの男分が不足しています。バランスが悪い。

私は最初のネットメンバーの構成でよかったんじゃないかなーと思いましたね。

アコの見た目


まあ、見た目って割とどうでもいい(良くはないか)ですが、アコの見た目は、はっきり言うと好みではないです。

髪の毛がボサボサです。寝癖ですかね。寝ぐせ多いです。

あと、胸が大きすぎませんかね。正直、アニメでキャラの胸とか気にしたことあまりないのだけど、大きすぎたりしてバランスが悪いのは流石に目立ちます。

でも、この子、性格がとても可愛いので、人気でそう。私も好きですし。

アコがリアルではいじめられそうキャラ


アコがリアルでは女子からいじめられそうなキャラなのですけど...。

今後、鬱展開にならないと良いのですけどね。

とりあえず、今まで通りギャグ中心でお願いしたいです。


ネトゲの嫁7



自身の魅力


自身の魅力(度)は、2番目に重要だと書いたことがありましたので、それについて解説。

自身の魅力とは一体何でしょう。

この一番は、好きになることでしょうね。世界を好きになること、人を好きになること、何かを好きになることでしょうね。

ただ、最も影響が大きいのは、人を好きになることだと思います。

つまり、人に好かれたければ、人を好きになれってことです。

例えば、素敵な恋愛をしている人は輝いていると言われますが、これは、自身の魅力がアップしている状態です。好きな人がいるのでしょう。そういう人は通常よりも輝いて見えるものです。

周りには沢山の人が集まってくるかもしれませんね。

その意味では、自分の魅力 > 周りの人達という流れになるのかもしれません。

ただ、これはあくまで流れであって、効果ではありません。効果が高いのは、やはり後者の要素ということになるでしょう。


ネトゲの嫁6



ネトゲの嫁1の補足です。以前、こういいました。

自分ならどう接しただろう。多分、他の大多数の人と同じ感じで接したと思いますね。

つまり、裏表ない人とは裏表なく接して、裏表激しい人とは裏表ありで接するみたいな感じ。普通にしてたら、自然にこうなるのでは。

これはどういう意味なのか説明していませんでしたので、説明します。

これは、相手の心を読む方法が関係しています。まあ、他にもテクニック分野が幾つかありますが、一番重要で、最も簡単な話をしましょう。

「相手の心を開きたければ、まずは、自分の心を開きなさい」

これがここで言う、相手の心を読む秘宝です。

大したことは言ってませんが、「相手の性質によって、自然に接し方が変わってくる」と言ったのは、私がこのような考え方をすることと関係しています。


ネトゲの嫁5



最近、このアニメの話ばかりですね。すいません。

モテの話の続きです。前回の記事では、「モテるのは、その人の周りに集まる人達の影響も大きいかもね」というような話をしました。アニメ見てても、そういう現実的雰囲気みたいなのが伝わってきます。

そして、「裏表激しい人のほうがモテるかもね」といいました。アニメでも、一番裏表激しい金髪の子がモテてましたので、こんな話をしました。「シュウちゃんはリア充、シュウちゃんはリア充」

では、裏表激しい人は、モテたくてこんなことをしているのでしょうか。それは違います。裏表が自然に切り替わることを含め、それが彼女の自然体であり、本人にはどうすることも出来ない問題だと私は考えています。直接的ではありませんでしたが、こんな感じの話もしました。

それに彼女は、表の自分だけに惹かれた人の告白を受けるとは思えないなーと私は思います。彼女(金髪の子)は、裏の自分も知って、それでも受け入れてくれそうな人に一番惹かれるんじゃないかなというのが私の考えです。これは、彼女がモテたくて表の顔を作ってるわけではないという証明になりますかね。いや、本題からズレそうなので、証明はいいか。あと、補足ですが、彼女はチヤホヤされたい欲が一般よりも強い傾向にあるので、ちょっとはそういう感情はあると思います。言ってることが矛盾してるので、ちょっと難しいですが...。

今回の本題は「世の中の大半の人は、モテたいなんて思っているのだろうか」という話になります。流れ的に。

もちろん、モテたくてモテたくてしかたがない人、チヤホヤされたくてしかたない人もいるとは思いますが、そういう人が大半を占めるとは思えないというのが私の考えです。

私は、モテるのって実は相当気まずいものじゃないかと思います。良くない。むしろきついのでは...。

私はモテないので、あくまで想像ですが、気まずくて、やりづらくて、窮屈で、なんか自分が小さくなったみたいに感じて、狭苦しく感じるんじゃないかなと思います。アニメでも、モテてる主人公が割りと気まずそうにしている場面も多少あったりしますよね。

私の考えで言うと、強すぎる好意も、強すぎる敵意も、気持ち良いものだとは思えません。

なので、私は、世の中の大半の人は、モテたいなんて思ってないと思います。

その辺り、金髪の子はちょっと特殊なのかもしれませんね。斜め上をいってるというか。


ネトゲの嫁4



ネトゲの嫁を視聴しました。その時感じたことを少しだけ。今回はモテ度。

モテるタイプとモテないタイプっています。

では、一体、何が原因なのでしょうか。

それはですね、周りにいる人要素が最も大きいのではないかと思います。次に、自身の魅力度。

特に学校とかでは明白なんですが、ぼっちはモテない印象。これは、本人がいくら美人で、性格が良くて、スタイルが良くてもモテない印象なので、不思議。

本作では、アコと生徒会長がぼっちですが、どちらもモテてなさそう。アコとか美人で、性格が良くて、スタイルが良いと思うんだけど、何故かモテてない雰囲気がありますね。

反対に、アニメでは金髪の子とかモテるみたいです。理由は明白で、彼女の周りにはいつも友達がたくさん集まってきますからね。これは多分、彼女が人気者を目指した結果でしょう。本人はそのために多くの時間を使っているみたいですし。

そして、こういう子は現実でもモテると思います。つまり、周りに友達がたくさん集まってくるような人はモテると思います。その点で言えば、本作の主人公なんかもモテる人だと思いますね。作品の趣旨上、どうなのかは別にして。

この分析なんかも、私の裏表(うらおもて)分析と一致する部分が多くて、裏表激しい人のほうが、現実ではモテるんじゃないかなと私なんかはそう分析しています。

ただ、これも一概に言える問題ではなく、ケースバイケースですし、個人個人の好みの問題でもあります。今回の話は、あくまで傾向としての話だと思ってください。

また、裏表激しいのになんでモテるんだよ!!と思われる方もいるかもしれませんので、この点についても少しだけ言及しておきます。

まず、普通の人は裏表なんてものを意識しません。それを意識している人がいるとすれば、自身のそれが激しすぎる人か、現実に痛い目を見た人か、アニメを見る人くらいでしょう。普通の人は、表に出てきたものがすべて真実であると考えます。

なので、表の顔を完璧に整えようと努力した人のほうがモテるのは必然的なのかもしれません。

本作で金髪の子に告白してきた男子が彼女のことを知ってたのかなーというのは、相当な疑問があります。

アニメに限って言えば、彼女はモテたくてこんなことをしているわけではないと思いますね。ある意味、自然とそうなってしまう、自分では止めようもない事柄なので、その意味では、表も裏も、どちらも本当の彼女なのだと私は考えます。

そういえばこれは言ってませんでしたが、裏表あり、なしという表現は一般的なわかりやすさのために使っている表現に過ぎません。

私の考えで言うと、ウラとオモテなんていう区別や価値観に意味などありません。本来的には。

どちらもその人自身であることに変わりありませんからね。

そして、裏表激しい人というのも、それが自然と切り替わる人が多く、これを意識的、戦略的にやってる人は稀です。ほとんどいないといってよいでしょう。つまり、裏表激しい人は、それが自然体なのです。

私の考えで言うと、自然体が一番良いという考えでして、例えば、自然に裏表が切り替わり、そしてその変化が激しい人がいたとして、「人間は裏表をなくすべき」と強制しようものなら、本人は、もっとひどいことになるでしょう。そう思います。

なので、そんなことは価値として認めるべきじゃないとは思ってます。裏表激しい人は、自分ではどうしようもないのであって、それでいいじゃないかと。

あれ、いつの間にか、本来話すべきことと内容が相当ずれてしましました。

今日はこの辺りで。


ネトゲの嫁3



ネトゲの嫁を視聴しました。感想を書きます。今回は曲について。

OPが俺妹に似ていた感じがしました。なので、監督とかそれに近い人が一緒なのかもなーと思いました。調べてませんが。

ちなみに、私はブログを書くために調べ物をすることは殆どありません。

間違ってることも多いかもだけど、そんな感じで。


ネトゲの嫁2



ネトゲの嫁という感じのタイトルのアニメを視聴しました。その時感じたことを少しだけ。

前回からの続き。そういえば、それぞれのキャラに付いて書いてなかったので、私の第一印象を書きます。

裏表あり:主人公、金髪

裏表なし:生徒会長、アコ?

でも設定的には、主人公とアコが裏表なし。生徒会長と金髪さんは裏表ありの設定でしょうね。ゲームキャラから判断すると。

裏表あり:生徒会長、金髪

裏表なし:主人公、アコ?

しかし、私の印象はちょっと違うので、具体的に説明します。

主人公


昔は、裏表少ないタイプだったけど、ある事件がきっかけで、現実とネットを区別するようになる。

本来的には、裏表なしに分類される人だったけど、裏表ありに進化?したのかなーと。

ちなみに、ここで言う裏表ありというのは、「現実とネットの区別」をするかしないかの話です。

で、アコに出会って元に戻ったみたいな。

アコ


本来的にも、裏表なしのタイプだけど、それが原因でぼっちになってる人なんじゃないかなーと思いましたね。

今の世の中、裏表ありタイプのほうが多いと思うし、仮にもし、自分が少数派だった場合、周りの空気に合わせるのも疲れちゃいますし、単純に向き不向きもあります。

そして、もし合わせられなければ、ぼっち確定。なので、アコのような子は生きづらい世の中なのかも。

ネット上の自分をリアルに反映させることで積極性を維持しているような感じの子だと思いました。

なので、ネット上の自分が崩壊したら、リアルでも崩壊しそうで怖いと感じました。裏表一致型の一つのデメリットぽい。

だけど、本質的には積極的な子だったんだと思いますね。で、何かきっかけがあって、引きこもりオタクっぽくなったんだろうなと。

で、多分ですが、現在はネット上の自分をリアルに持ち込むことで、引きこもりから脱出という感じなのでは。

金髪


主人公と同じく、裏表ありタイプ。ありというのは激しいということですが。

本質は、めんどくさい子だと思いました。ツンデレはいろいろと面倒くさいのです。いや、ツンデレというのは違うくて、普通は、ツンしかないわけですが。ツンっ子はめんどくさいのです。

なぜ面倒くさいのかというと、ツン要素が面倒なのです。

ツン要素というのは、天邪鬼というか、常に反対のことを言うというか、ああ言えばこう言うというか、そんな感じなのです。

「れんちょん、小躍りご苦労さまです」、「小躍りじゃなくて大踊なん」...れんちょんは、原素ツンです。原素ツンの形です。分かりやすいです。ちなみに、れんちょんは、のんのんびよりです。

これが歳とともに悪化して、更に面倒くさくなったのが、ここで言うツン要素です。

いや、れんちょんや金髪が嫌いだから言ってるわけじゃなくって。ただ、そういうタイプだというだけの話で。

生徒会長


裏表ありか、なしかと聞かれたら、無しのほうに分類できるかもだけど、定かではありません。裏表少ないけど、ちょっと多いかも、みたいな感じです。

バランスのとれた発言をします。いや、バランスを心がけた発言をします。

しかし、言ってみれば、それは自分を持っていないということでもあります。

その点を指摘すると、本人はショックを受けそう...な気がする。

でもですね、自分の本質を言い当てられたからといって、私はショックをうける必要は全く無いと思います。

「あなたは自分を持っていません」、「はい、そうですね。それが何か?」というだけの話だと私は思いますね。

それぞれのタイプには、本来的な優劣などありえません。

ただ、自分と異なるタイプを劣っているとみなす人間も多いですから、自分を持っていると豪語するような人とは、相性は悪いと思われます。

「俺は自分を持っているが、お前はない。バランスなんて糞食らえだ」と言われてしまうことがあるかも。

でも、私の中では、バランスをとるのも、突き抜けるのも全く同価値というか、正確にはどちらも無価値というか、そんな感じなので。


ネトゲの嫁


ネトゲの嫁(タイトル覚えてない)という感じのアニメを見たけど、面白かったです。

実は、私はネトゲっていうものは、今までプレイしたことはありません。

なので、ネタについていけない部分はあるのですが、分かる気がする部分もありました。

具体的には、「現実とネットの区別」の話です。

そういえば、人間には二種類のタイプがいます。

裏表ない人と、裏表ある人です。

いや、正確に言うならば、裏表が少ない人と、裏表が激しい人でしょうか。

で、裏表が少ない人は、自分の中では「私はウラとオモテを区別していないし、する必要もない」という認識のひとが多いのかな。こういう人は、ネットでも現実でもあまり変わりません。態度とか言葉遣いとか、印象とか。

反対に、裏表激しい人もいます。現実ではおとなしいけど、ネット上では、態度が一変。誹謗中傷を繰り返し、人をいつも見下しているような人は、裏表激しいタイプだと思います。

どちらのタイプに属するのかは一目瞭然ですね。判断基準としては、ネット限定ですが、何か尊大なことをいう人、尊大なことを大げさに言いたがる人は、裏表激しいタイプであることが多い気がします。

現実に関して言えば、一目見れば分かりますので、省略。現実のほうが情報量多いですからね。そのため判断もつきやすいのです。ただし、これは、「身なりが整っていて、いつも挨拶をして...」などという一般的評価基準を用いるのではなく、やや特殊な評価基準を用いて判断します。一般的評価基準は全く当てになりません。そもそも裏表激しいタイプを見極めるのです。したがって、一般的評価基準は逆指標に用いたほうが、もしかしたら当たる確率は高いのかもしれません。

さて、話を戻しましょう。

裏表ない人と裏表ある人の話でしたが、このアニメでは、現実とネットの区別ができていない女の子を矯正しようという展開になると予想されます。初回を見た限りでは。

私は、裏表少ない人のほうがタイプとしては好きです。

しかし、現実とネットを区別できない痛い子となりやすいのも、裏表少ないタイプなのかもしれません。

そんなことを思いました。

まあ、どちらにもメリット、デメリットはあるわけですね。

ここで、裏表激しい人間なんかは、現実とネットを区別し、あまつさえ邪推ばかりをして危険を回避できることもあるでしょう。

ただ、裏表激しい人は、邪推しまり、結果、素直に読むよりも間違ってしまい、1周回って、自分の掘った落とし穴にハマってるような人が多い印象なので、一概には言えませんが。

少し難しい話をしてしまいました。

自分ならどう接しただろう。多分、他の大多数の人と同じ感じで接したと思いますね。

つまり、裏表ない人とは裏表なく接して、裏表激しい人とは裏表ありで接するみたいな感じ。普通にしてたら、自然にこうなるのでは。

アニメ、とても面白いです。



僕だけがいない街


良い最終回だったと思うよ。

えっと、前回の記事で感想みたいなものを書いたような気がするので、何か書くことにする。

前回は、何か予想してた気がするけど、正直あまり覚えてない。

いや、正確にはどのように伝えたのかを覚えてないということなんだけど、まあ、心では覚えている感じか。

変な言い方だけど、感想としては、「ああ、そうだったね」という言葉が出てくる。

何がそうだったのかというと、「思い出したきっかけ」の話だ。

前回の記事で言ってたとおり、私は再視聴はしなかった。再視聴したほうがよい理由は、「思い出したきっかけ」を確定すること。

だけども、...いや、これを現時点で言うのは反則であり、遅すぎるのでやめておこうか。

しかし、あえて言うなら、確かに、再視聴してれば、消去法などから確定してたかもしれないなあとそんな風に思った。

さて、どうでもいいことを最初に述べてしまったが、前回の記事、読み返してもいないけれど、なかなかに後悔の残るものになっていたのではないかとそう推測している。

その一つは、「仲間」の存在に言及してなかった気がするからだ。あまり覚えてないが、多分、言及してなかった。分かっていたのに、あえて言及していなかったと思う。

もし言及してたら、少しだけ自分のことをほめてやりたいと思うよ。しかし、その確率は極めて低いだろう。

実は犯人をはめるとしても、一人では難しいんだよね。車いすの人間が用意周到な犯人に対抗するのは並大抵のことではないからね。

ここで重要なのがケンヤを始めとした仲間の存在だった。私の心のなかではケンヤ達と協力して犯人をはめるというイメージが真っ先に思い浮かんでいた。

でも、これって、前回の記事では触れてただろうか。いや、多分、触れてなかった気がする。

前回の記事もいつもと同様、重要な点のみにポイントを絞って書いていたはずだ。具体的には、「いつ思い出したのか」、そして、「思い出した時期によって左右される2つのパターン」の話だ。私の考えでは、もっと以前から思い出していて、それならば、犯人を罠にはめるだろうということだったと思う。

でも、そこで、「具体的にどういう罠にはめるのか」を書いていなかった気がする。これが非常に個人的後悔が大きいものだった。

まあ、いいか。

適当な人間の適当な伝え方も考えものだよねーという話だ。もちろん、自分のことだけどね。

最近、どうにも抜けている部分、サブ重要の部分を伝え忘れている(というか書くのが面倒で早めに切り上げている)事が多い気がする。

ともあれ、アニメの最終話は良く出来ており、最も重要な着地(ラスト)をバッチリ決めてきたので、素晴らしいと思うよ。

漫画の方、ラスト辺りはまだ未読だけど、いや、だからこそアニメを視聴したのだけど、機会があれば読んでみようかな...。

(私は基本的に、漫画とアニメ両方見る方ではなく、片方しか見ない派。それがラストを迎えたというならなおさら

ただ、アニメでは犯人があまりにいいやつになってた気がする。漫画と印象がぜんぜん違うのが気になる。漫画では最後、やっぱりいいやつになってるんだろうか。まあ、いいやつというのもちょっと違うんだけど、感想を読むと割と犯人に肯定的な意見が目立つ。


店で流れてる曲


たまに店で流れてる曲、いいなーと思うことがあります。

全く知らない曲でも何故か分かることがあります。

曲ってなんかその特徴が記憶に残りやすいのかもなーと思いました。


時間圧縮


例えば、本を初めからジトーと読んでいくと100時間とか300時間とかかかることがあるかもしれないけど、模型を作る感覚でミニマムにやれば時間圧縮できるんじゃないかと思いました。

おわり。


最近の日課


筋トレ中に勉強を前倒しすることによって、その後のランニングと入浴中の時間が楽なって、入浴後半には、ゲームをプレイする時間が作れたのでよかったという話。

まあ、そのうちだらけてしまいそうではあるけど。


Raspberry-Pi-3


Raspberry Pi 3が登場しました。値段は$35程度。

売れてる理由としては、安いからというのもあるんでしょうけど、一番は触ってて面白いからなんだろうなーと。

実は今まで


privoxyを使ってみた


privoxyっていうのは、プロキシサーバーで、通常はローカルネットワーク内で動作させて、他のPCでアクセスするのだけど、自身で動かし、自身でアクセスするという使い方もできる感じです。

私の場合は、広告ブロック、Cookie無効化など包括的な設定を行うのに使ってる感じ。たくさんのPC、サーバーをローカルネットワーク内で動作させる場合、個別に設定していくのは面倒なのです。また、すべての通信を一つのプロキシサーバーを経由させることで、アクセスログの監視なども容易になります。

参考になる記事は以下。

http://blog.asial.co.jp/1076

でも、個人的には、あまり多くのproxy serverを使うのは、脆弱性を突かれやすくなったりと、そういった危険もあるんじゃないかなあと思ってるので、程々に。


ArchLinuxの自動アップデート


そういえば、Arch Linuxを使ってる人は、自動アップデートしている人が多いのだろうか。どうなんだろう。

私の場合は、自動アップデートすることもある。

もちろん、危険もあるけど、今のところ動かなくなったことはなくて、常に最新というわけでもないけれど、そこそこ最新。


ブログのデザイン


今回は、デザインの話を少しだけ。

ブログとかやってると、デザインは少なからず考えることだと思います。

私もブログをはじめてから、その都度ではありますが、デザインを少しばかり考えたりもしました。

で、はじめのものはもう残ってないんですが、残ってるものから紹介していくと以下のような感じ。(残しておくって大事, これからは色々残すようにしたい

2012




http://mba-hack.blogspot.jp/

2014




https://syui.github.io/

ダサいよね。どれもダサいよね。うん。そして、古い。とにかく古い。

でも、私は、デザインなんて勉強したこともないし、あまり興味もないので、仕方ないよねーと思ってます。

しかし、作るときは、「こうしよう!」というのは、はっきりとあったと思います。どれもこれも行き当たりばったりで適当なんだけど、それなりに考えていたりしたと思いますね。

覚えてる限りで、後者のやつはですね、多分、Twitterのタイムラインを意識して作ったと思います。

私のデザインの作り方というのは単純で、「いいなー」と思ったデザインを真似するだけなので。本当にこれだけなので。

で、当時、Twitterのデザインをいいなーと思い、そのデザインをそのまま参考にして作った感じだと思います。この時は、タイムラインを意識して作りました。

そして、当該ブログのアイコンですが、なんで同じものばかりなのかというと、これは、ユーザーアイコンを模してるのですよ、...多分。

じゃあ、このように自分が作ったデザインに強い信念、確固たるこだわりがあるかというと、私は「ない」と答えます。

そんなもん、ないですね。はっきり言って。

デザインは、こだわりを持って作るべきとか、個性を大切にとか言われてしまうかもしれませんが、私がその時いいなーと感じるものも「いきあたりばったり」ですし、これで行こうと決める時も「なんとなく」です。

なので、例えば、「同じ画像ばかり意味わからないし、邪魔だよ」と言われたら、「そうですね。じゃあ、取っ払います」って言うと思うし、「アイコンなんで同じのばかりなの。タグやテーマで変えたほうが分かりやすいよ」って言われたら、まあ、こちらは対応が面倒なので、考えますが、一応、変更を考えるでしょうね。

デザインかー、デザインって、難しいんでしょ。私はそういう難しいの、よくわからないなあ。

確かに、こだわりを持って作れたらいいなーというのはもちろんありますね。

でも、私は、デザインなんてものは、「考えなくても個性が出るもの」だと思っていて、かつ、「それでいいよ」とも思っていて、そういうこだわりは強いかも。

デザインを真似るって言っても、いくらそれを参考にしても、個性って出るんですよね。私の場合もそうです。考えてみれば、全然、Twitterじゃないですし。ブログとTwitterは全く違うものですからね。用途も役割も。

だから、そういった部分でどうしても違いが出てきてしまう。完全には真似しきれない。

それが個性です。

こういった細かい部分は、どうしても自分で考えなければならないところが出てきてしまいますからね。

そういうものを含めて総合評価すると、私のデザイン個性って「真似、効率、要点、感覚」でできてると思う。

まあ、こういうのも個性ということでしょう。私の場合は真似っ子も含めて、一つの個性だと思ってますので。

したがって、独自性を追求してもいいし、色とりどりでもいいし、たくさん吸収してもいいってことで。

中身のない話でしたが、おわり。


rebaseした後に自動更新が失敗する問題


Dockerコンテナを作って、そこにまとめて自動でやってるけど、rebase後に変な失敗をすることがあったので、それを直した話。


anime



くま


くまのアニメを見た。あいうらの上原あゆこさん似の子が可愛い。

あと、音が面白いよね。

あいうら


あいうら、面白かったんだけど、2期ないのかなあ。

私は圧倒的に上原あゆこさん推し。こういうキャラ好きだなあ。


iPhone64GB


自分の場合、10Gも使わなかったのでそれ以降、容量はいつも最低にしている。

それでも余る。


マウンティング


今回はマウンティングの話。

最近思ったのが、この言葉、よくできてるなーと。

私が認識してるマウンティングとは、他人を見下し、自分をより大きく見せかけようとする行為のこと。これを無意識のうち日常的にやってる人をネット上で見かけることがある気がする。

また、有名人の言葉でマウンティングとかもよく言われている行為である。

人を見下すことで得る自信は100%偽の自信ということもあり、本人にとってはマウンティングするしかないということなのかもしれないけど、そういうのって口に出さないけど心に残るものなので、怖いなーと思いつつ、そういった人達にマウンティングが指摘されることはまずないのでマウンティングって恐ろしいなとか思った。


OSの統合



ちょっと前にOSの統合の話をしたけれど、現在最も近いのは、Googleだろうなと思っています。

AndroidにはLinux Kernelが使われてますし、ChromeもChromiumベースだし。

ただ、統合への公式的な動きが鈍いのがGoogleの特徴で、微妙なところ。

Googleのやり方で今まで多かったのが、「既存のものを利用してオリジナルを作成する」という感じでやってきていて、それは、むしろ統合というよりも、派生という表現のほうが近いと思われる。

反対に、Microsoftの最近の流れを見ていると、OS統合に関連して、とても面白い動きがあるように感じる。

Ubuntu-bashとか。

こういうのって、まさに私が考えてるOS統合の流れに近い気がする。

ここで言うUbuntu-bashとは、下の記事を読んでもらえればわかると思うけど、Ubuntuバイナリが動作するようになっていて、つまり、Windows上でUbuntuを介し、Windowsファイルシステムへアクセスするという形だと思われる。その際、当然ながらその処理は、bashを介して行うことになる、という感じ。

http://sqlazure.jp/r/tips/794/

AppleのMacは、Unixであり、普通にbashが動くけれど、オープンソースへの取組みやOS統合に関してはあまり期待できないだろうなあと思っている。いや、Apple嫌いだからこんなことを言うのではなく。そもそもApple嫌いでもないし。

私の場合、OSに関しては、広く浅く使っていて、Macも使うし、Windowsも使うし、Linuxだって使う。モバイルではAndroidもiOSも使う。

その上で、特に無くては困るものとしては、Linuxが挙げられる。

モバイルではiOSはめっきり使わなくなり、Android中心になってきている。

これは、好き嫌いの話ではなく、利便性の問題だと思う。

根拠としては、コンピュータ開発者のLinuxユーザー率とそれ以外のLinuxユーザー数との対比などがある。

確かに、利便性は個々人の問題だ。しかし、統計的な傾向によって、普遍的な利便性が導き出せるのも事実であり、多くの人が何に利便性を感じるかというものは推測することができる。

また、OS統合に関して、OSエミュレータについても面白い動きがある。

そういうのも含めて、私は、将来的には、OSの統合が徐々に進むだろうと考えていて、これを一番上手くやった企業が最も発展するだろうと予想している。

まあ、単に気のせいに過ぎないのだけど。また、私の予想は基本あてになりませんので、話半分に。


灰と幻想のグリムガンの感想



灰と幻想の...

タイトルは、グリムなんとかだった気がするけど意外とあやふや。多分、グリムガンだったと記憶しているけど間違ってるかも(でも調べないという)

はじめの一歩


最初にゴブリンを1匹殺した時の話だけど、みんな凄くショックを受けていた。特にショックを受けていたと感じたのは、ランタだった。彼が最後のとどめをさした。

でも、物語が進むに連れ、次第にみんな慣れてきた。

そのうち、数十匹、数百匹というゴブリンを殺しても平気にしているメンバーたち。

人はどんなことであろうと、どんな残酷なことであろうと、いつの間にか慣れてしまうようにできている。

このアニメ、そういったところが丁寧に描かれていて、更に、殺し合いというものがどういうものかを丁寧に描いていて、素晴らしかった。

これほど生々しいアニメって、今まであまり見たことなかったなあ。

主人公含むメンバーたちは、ゴブリンを殺して、奪って、そして生計を立てている。

これが良いことかと言われれば、そうではないけれど、そうしなければ生きていけない世界だというのは事実だ。

ランタ


赤髪の軽口を叩く奴なんだけど、感想を読んでると、このキャラはすごく不人気だった。

でも、私は、こういう人間がメンバーに一人くらいは、いてもいいんじゃないか、いや、むしろいたほうがいいんじゃないかってそう思った。

みんな真面目で、みんな真剣で、そういうのはなんか疲れてしまうように思ったんだ。見てるほうもね。

例えば、ランタがいないと、なんかお通夜みたいな雰囲気になりそうじゃないですか。

私はそういうのは、とても疲れるなあ。

まあ、自分がこういう役回りにはなりたくないけれど、こういう奴がいても、私はいいと思う。

マナト


リーダーだったけど、その後、お亡くなりになった人。

SAOのキリトが初めて入ったギルドリーダーみたいな感じだった。全体的な視野を持ち、メンバーひとりひとりの個性を把握していて、人当たりのよい人格は、まさに、リーダーにうってつけのような人物だったと思う。

実際に、彼が死んでからの戦力は著しく低下し、不安定化した。

彼の作中の役割もとても重要で、私は、緊張感を持って最後まで視聴できた気がする。

「また誰か死ぬんじゃないか」ってハラハラして最後まで見られたので、すごい良かった。

他のアニメだと、なかなかこうはいかないんだよね。

多くのアニメは、主要メンバーが死なない前提で、割りと安心して見ている気がする。

ユメ


かわいいし、人気があった。

こういうキャラって人気でるんだよなあ。

裏表なさそうというか、私は原系と呼んでるけど、そんなタイプ。

他のキャラについては長くなりそうなので、これでおわり。


統合の話

今後、アニメとかも統合されていくのだろうか。今回はそんな感じの話です。私はやがて統合されるだろうなと私は思っています。と言ってもミクロの視点で見ると、分裂、広がりと統合を繰り返すってことですが、アニメは、アニメを含む何かに統合されていくだろうなと思います。

今まで色々なものが統合されてきたし、これからも、統合されていきます。

例えば、今や当たり前となった電子書籍。

私は、Kindleを使っており、本は殆どKindleで購入しています。Kindleは便利だけど、今のアニメ視聴環境はこれと比べて、あまり便利じゃない気がします。

しかし、少し前まではこんなことなかった。だけど、ずっと前からこうだったような感覚に陥る。ずっと前からこうだった気がする。

Kindleとは、Amazonが作ったもので、Amazonはアメリカの企業。

つまり、私は、アメリカ企業が販売してる日本の本を買って読んでいることになります。ややこしいですね。しかし、今やストア系は、どこも同じような感じです。

良い例がApple StoreやGoogle Playです。あらゆるコンテンツがこのストアを経由し、販売されています。

彼らの強みは、OS。OSには、プリインストールされているストア・アプリがあって、それが、あらゆるコンテンツやアプリを統合しています。

AppleはiOSというOSを、GoogleがAndroidというOSを持ちます。したがって、OSを持つ企業は最も強いです。

これによって、コンテンツを読むときに、わざわざアプリをインストールする必要が無いからです。Kindleは、その例外だけど、上手くやってる方だと思います。Kindle Fireなどの端末をAndoroidをカスタマイズして販売しているようですし。

さて、その他にも音楽や映画なども統合され、圧倒的なコンテンツを誇る便利なものが配信されるようになっています。

そのうえで、アニメもやがて、いや、今現在も既にその傾向があるのだけど、海外の巨大プラットフォーム上で配信されるようになると、私は考えています。

けれど、そのプラットフォームを運営するのは、大半が日本企業ではありません。

未来では、日本企業は、そういった巨大プラットフォームやストアにお願いをして、出展させてもらえるということになる気がします。

こういう例は何も珍しいことではありません。

例えば、過去の日本は「ゲーム」という分野でも圧倒的に優位な地位にあったらしいです。かつて、「日本のゲーム」は業界に対し、強い影響力を持っていました。しかし、今のゲーム業界の主流は日本ではありません。

海外で開発され、海外で配信され、海外の大手ストアで販売される。そして、売上も大半がそちらを占めます。

日本アニメというものも、今でこそ大きな意味や影響力を持つけど、未来では、それはなくなっているだろうと思います。日本ゲームのようにガラパゴス化していくのではないかなと。

その理由の一つは、便利な仕組みづくり、システム作りができないからだと考えます。

これは、日本の一般的な会社をイメージしてもらえればなんとなく分かる気がします。残業だらけで、非効率なシステム、旧時代的な考え、何も分かってなさそうな大企業の高齢な代表取締役など。

ではどうすればいいのかですが、具体的なやり方としては、日本アニメという現在あるブランドを使って、海外、マイナーな国であろうと、そうでなかろうと、できるだけ多くの国のアニメコンテンツを配信する仕組みづくりが必要だと思います。

これは、儲からないとかそういうのではなくて、いわゆる「やらなければ、やられる」という感じのものになるだろうと推測しています。いずれ誰かがやりそうです。だって、現在のアニメ視聴環境ってなんか不便なんだもん。録画して、変換して、転送してとか。また、見たいものがぱっと見れないっていうのも結構ありますね。

マイナーな国であろうとなかろうと、未来では、日本はそういった国々にアニメで抜かれているかもしれません。したがって、そうなる前に、そのような国々の作るアニメをまとめ上げる必要があるわけです。日本アニメがこれからも強い影響力を誇示するためには。さらに、アニメの作り方からレクチャーしてもよいかもしれません。

これについては、例えば、プログラムというものがありますが、あれは、特定の言語で書かれており、例えば、Appleストアで販売されるアプリは、すべてAppleが作った言語で書かれています。つまり、Appleでもそうですが、ストアで売るものは、これで作りましょうっていうのを無料で配信しているわけですね。

つまり、アニメの作り方をレクチャーするというのは、アニメを世界統合する際には、こういったアニメ作成ソフトというか言語を作った上で統合すればやりやすいかもしれないということです。

ただし、これについても「更に先」を考えなければなりません。

具体的には、OSです。いくら巨大なプラットフォームを作ろうと、OSには勝てないからです。

最初に述べたように、全世界で使われている定番OSを提供している企業が最も強いと私は思います。今現在は。

しかし、これからはどうなるかというと、それは分かりませんが、これも変化していくだろうということは分かります。

では、どのように変化していくのでしょうか。

私は、最終的には、OSの統合化が進むと思います。

つまり、「OSを統合した企業が最も強くなる」と私は踏んでいます。

なぜなら、すべては統合されるから。

今まで色々なものが統合されてきました。これからも、統合されていくでしょう。簡単な話ですね。

さて、話を戻すと、日本アニメというのは、今現在大きなブランド力を持っているように思います。けれど、それはやがて消え失せるだろうと予測します。

しかし、それが消える前に、全世界でアニメを統合する役割を担えば、もしかしたら寿命が伸びるかもしれないということですね。

ただし、それが向いているかと言われれば、日本人の気質からして、「向いてない」と思います。いや、正確には、向いてない人が日本人には多く、何か巨大なことをやろうとした場合、そういったいわゆる向いていない人が群がると、上手くいくことも、上手くいかないのではないだろうということ。

これについては、日本発の電子書籍ストアがなぜいくつも潰れたのか、潰れかかっているのかを考えてみれば分かりやすいかもしれません。

したがって、やり方としては、先に海外での活動から始めたほうがよいかもしれません。で、大きくなった時に戻ってくれば、統合は比較的楽なきがします。私がもしこういうことをやろうとした場合はこのようにするかも。つまり、スタートアップは、海外で。最終的な帰結は国内みたいな。彼らは、超巨大なものにしかなびかないし、黒船が来た時にしかまとまらないと思う。

ちなみに、私が今回書いた内容ですが、すごく適当です。あまり当てになりませんので。


アニメ、物語の感想



化物語~物語


なんかタイトルが統一されておらず分かりにくいので、化物語から続く物語系ということで、いくつか再視聴してみました。

ということで、思ったことをつらつらと。

羽川さん


羽川さんは、白という色で表現される女の子。

しかし、私にとって白という色は、単なる色の一つであり、特徴のある色の一つ。特別な色でも何でもない。

あえて言うなら、光の中にある色という意味では、人間にとってもこの宇宙にとっても特別な色かもしれない。

この色は、作中では「正しさ」として表現されているし、それは他の作品でも概ね一致する。

しかし、白は私の中では正しさのようで、正しさではない。私の中での正しさというのは透明色なのかもしれない。

そして、白と透明は、全く、全く違う。ぜんぜん違う。

話を作品に戻すと、羽川さんは、私には、核に白を添えているも、周りは真っ黒な、そんな人間に見えた。

羽川さんの何が黒なのかというと、頑固さ、頑強さ、狭窄さを感じさせるからだ。

確かに、彼女は正しいのかもしれない。真ん中が白ならば、それは当然だ。

ただし、彼女は自らの間違いを認めない。なぜなら、その頑固さは作中で最も強いからだ。

他にも、彼女は絶対に助けを求めない。人に何かを要求しない。

その点で、羽川さんとガエンイズコとは相反するタイプだと感じた。ガエンイズコは、こういっている。

「人は助けあって生きている。いや、生きていけるんだよ」

もしかしたら、羽川さんが両親に対して、この頑固さを少しでも緩めて、歩み寄ったら、問題を発生させるようなストレスは生じなかったかもしれない。嫉妬を生じなかったかもしれない。彼女が発生させた問題は、間違いなく、彼女の責任だと私は感じた。少し厳しいけれど、そう感じてしまった。

例えば、彼女が父親に殴り飛ばされるのだけど、彼女がその後言ったセリフは興味深いし、彼女の本質を突いているように感じる。忍野メメは、「気持ち悪い」と表現したが、この点で言えば、私は彼の考え方に最も近いのかもしれない。

私が思ったのは、「なぜ父親が自分を殴ったのかを考えていない」ということだ。

この事件で言うと、彼女は正しい。しかし、それだけだ。彼女は多分、この件でこうように考えているのだろうと思う。

「なんで自分は間違ったことを言っていないのに、正しいことを言っているのに、なんでだろう。普通の人間は正しいことを指摘されると、すぐに怒って、感情的になるのだろう」と。

私にとって、正しさというのは、ある意味で頑固さとは無縁なもので、ある意味で柔軟なものだと思ったからだ。

かといって、これが一般的な正しさかというと、そうではないだろう。

さて、多分、彼女の性質が、頑固さが、頑強さが、狭窄さが周りに強い影響を及ぼしているのが原因だと思った。

この意見は、やはり、忍野メメの意見とかなり一致しているような気がする。たしか彼はそんなことを言ってたと思う。あまり覚えてないが。

次に、彼女は真ん中が白で周りは黒だ。私の印象だが、この性質を持った人間は、自分の正しさと他人の正しさが違うことを認めていない。そんな印象を受けた。どんな人間でも自分の正しさによって、説得できる、説得されると思っている。そんなふうに感じた。

物事を順序立てて理解することに長けている。が、物事を直感的に理解することに欠けている。そして、もっとも重要な欠点は、感情を読み取る能力に欠けると考える。

なでこ


なでこって、本質的にあの子に似てると思った。えっと、俺妹のきりのに。普段は表に出さないけど、内面はあんな感じなんだろうなー。心の声が聞こえてくる。

特に、夜中ウロウロしてるところをアララギ家に連れてかれた時に、彼女は、ひどい目に合いすぎてる。

金髪幼女に嫌味を言われたり、月火によく分からん追求を受けた上に髪の毛を切られたり。

正直、なでこが蛇神化したのって、こいつらのせいなんじゃないかって、私はそう思ったりした。

特に、金髪幼女に嫌味を言われて彼女が去って行く時のなでこの表情を見ると、心のなかで「むかつく、むかつく、むかつくー!!!」って言ってるように見えた。いや、表情を表面上になぞると、そんな風には見えないのは確かなんだけど、なんとなく。そして、そのイメージが俺妹のきりのにすごく似てた。

きりのの性格って絶対に仕返ししないと気がすまないってタイプだと思うので、蛇神化もそういうところがあったのかなとふと思った。これ80%は金髪幼女の責任では?

ちなみに、15%が扇、5%で月火。ただ、作品的には最終すべての責任を扇が負うんだろうなという予想。まあ、これは今回関係ないか。

しかし、感想読む限り、なでこを嫌いな人多いみたい。

私は面白くて好きなんだけどな。

このタイプって、すべて反射で説明できることが多いように感じてる。

「くちなわさん、自分の手首とお話している人を見たら、クラスメイトはどう思うと思う?可哀想な子って思うの」

思わねえよ。

そう思うのは、きっと、なでこちゃん自身なんだろうな。そして、そういうのを最も嫌がるのも、なでこちゃん自身なんだろうな。

忍野扇


疲れてきたので簡潔に。

ラスボスっぽい雰囲気の子。

羽川さんよりも、むしろこっちのほうが正しさに近いと思う。

また、羽川さんとの比較だけど、羽川さんは、強力な頑固さが特徴的だが、彼は、強力な柔軟さが特徴的に思う。

つまり、私にとって彼のほうが、白色っぽい気がする。

そして、この子は、物事を直感的に理解することに長けている。

戦場ヶ原


アララギの彼女。

本質的にアホな子。

ただし、テンプレート的のアホな子とは異なる。

ガエンイズコ


合理化、効率化人間。

なんでも知っていると自称する。確かに色々知っている。

色々と知ってることを繋げて予測を立てることを得意とし、多分、別世界を知っている。

主に彼女が優位に使う知識は、この別世界のことだろうと推測できる。

カイキ


反発人間。正しさや信念を持たない。持たないからこそ、目の前の物事から反発して出来上がったものが彼自身となる。

カッコよさというか、なんかよく分からん渋い感じを出したいと願う、えーっとこう言うのはなんて言うんだったかな。ナルシスト?中二病?

人に気持ちを最も重要視すると言っているだけに、重要なポイントを抑えている、抑えることが得意な人間だと思った。というか、オカルト研究会の人間は、みんなこの点については共通しているのかもしれない。微妙だけど。

まあ、そんな感じで。


双角カンケイという漫画を読んだ


すごい面白かった。修羅場のような展開はハラハラさせられて、こういうジャンルの漫画では珍しいんじゃないかなと思ったりした(単に観測範囲が狭いだけ)。


変なものを愛し、固執する人は怖い


他にどうしようもないからなのだろうけど、なんかあれだなと思ったりした。


最大の後悔



以前、アニメ、アルドノアのスレインの話をしたとき、彼の最大の後悔について、ある意見を書きました。

具体的には、信じきれなかったのが最もダメージを受けるというようなことです。

今回は、これについて少しだけ書きます。

実は、人を信じて裏切られるようなことがあっても、上記に比べてあまりダメージは受けません。そういうこともあるよねという程度。

なぜなら、それは他人のことだから。自分のことではないからです。

信じていたけど、途中で信じるのをやめてしまって、後で信じ続けることが正解だったとわかることほどの後悔はありません。

たとえば、あなたはゲームをしていたとしましょう。そこで、確信をもって最初の戦術をたてたとします。しかし、大きなことであれ、小さなことであれ、それを揺るがす場面が幾つも訪れます。最初の戦術を見直した方が良いのかと、あなたは少なからず迷うこともあるでしょう。

信じ続けることほど難しいことはないのです。しかし、これができれば、あなたの勝ちです。生きていようと、死んでいようと。

このような場面で、2つのパターンのうち、どちらがより大きな後悔でしょうか。一つは他人に裏切られてミッションが失敗すること。もう一つは、他人を信じきれず、ミッションを失敗すること。

多くの場合は、後者の方が圧倒に後悔が大きいと私は予測します。

そんな話。


祭り好きな自分



色々と祭りについて書いたけれど、私は祭りって結構好きなんですよね。

正確には、祭り自体ではなく、祭りの雰囲気が好きです。

大きなお祭りの時って、とても静かになるんですよね。家の中でも外でも。それは、みんなテレビにかじりついていたりするからなんだけど。

これは、例えば、サッカーとか、オリンピックとか。

また、静かでない系のお祭りでも、みんなが浮かれていて、楽しそうにしている所を見るのは好きですね。

私は、ああいうお祭りの雰囲気がすごく好きで。

なので、私は、お祭好きな人間と言えるでしょう。

でも、お祭りって正しいものかと言われると、そうではありません。

他に正しいお金の使い方なんていくらでもあると思います。

1度しか使わないようなドームに数千億、数兆を使うよりも、本当に困っている人に配布したほうが、良いでしょうね。当たり前の感覚として。

まあ、こういうことを言うと、経済学者のへんてこな説が聞かされることになるんだろうけれど。

ちなみに、経済学者の言うことは、実は過去を遡ってみると、そのほとんどが当たっていません。もし彼らが未来における経済を正確に予測できるならば、ご本人は、株でもされたほうが良いのでは?

でも、経済学者のほとんどは、自分の全財産をその予測に賭けることをしない人がほとんどです。

と、今回もあまり面白い話にならなかったなあ。

ここで、少しだけ面白い話をすると、経済学者の予測はランダムのそれよりも精度が若干悪く、投資家の間では、逆指標となることが少なく無いと聞いています。つまり、「経済学者が買い上がるといえば、実績のある投資家は売り場を探し始める」という感じですね。まあ、あくまで多少の警戒程度の意味合いなんでしょうけれど。

さて、今回のお話をまとめると、私はお祭りって結構好きなんですよね。しかし、近く日本で開催される予定のオリンピックとか、私は辞退した方がいいんじゃないかっていう気は個人的にはしている。そして、今後も悪い話はいっぱい出てくると思う。

外の話で恐縮だけど、ブラジルなんかを見ているとあれですよね。普通に「他にやることあるでしょ、大丈夫なの?」と突っ込んでしまう、そんな感じ。


ChromeBookが人気みたい


海外で人気みたいですね。値段の安さというのもあるのでしょうか。


アルドノアのキャラ



キャラの名前、これを書くのに、わざわざ調べた。名前なんて、ほとんど覚えてないよー。

この作品はキャラの特徴が明確に描かれているので、素晴らしい作品。

伊奈帆(いなほ)


彼は、好き嫌いで物事を判断しないタイプ。珍しい。

彼が好き嫌いで物事を判断するタイプだったら、多分、スレインを殺してただろうね。スレインがやったことを考えると、ねえ。その点で彼は特異だといえる。

ただし、優しくは...ないかな。彼は優しくはないと思う。

賢さと優しさを両立させている人は殆どいないからね。

なぜなら、賢さというのは、この世の優しくない部分に目をむけることであり、そこから目をそらしてしまった人達に、とても厳しい人が多いんだ。

なぜ厳しくするかって?そりゃ、自分と違うからだよ。人は自分と違うものに対して、怒りさえ覚える人が少なくない。

反対に、優しい人は、言葉の通り怒りはしないだろう。これを聞いて、一体何のために賢くあるのか考える必要があるだろうね。

いや、答え走っているよ。だって、この世の優しくない部分をモロに経験してしまったんだから、そりゃ賢くもならないとおかしいだろう。だからこそ、平凡な人間は通常、歳を重ねるごとに賢くなると同時に、他人に対して厳しくなる傾向にあると考えられる。これはとても普通なことだ。だからこそ、そこから外れる人は貴重だと思う。

次に、上記で述べたような平凡な賢い人の感情について説明する。その多くは多分、子供のような感情で「自分はこんなに大変な思いをしているのに、あいつらは楽をしている」とか「楽をしている奴は痛い目にあえばいいのに、ざまあみろ」ということを日頃から考えているんだろう。

だから、賢くはあっても、優しくないのが通常だ。この両立は普通の人間には難しい。

しかし、ここまでは、あまりイナホには関係ない話だった。

彼は、優しくもないけど、厳しくもないからね。彼は、最も確率の高い合理的な行動をする人だ。だから、適当で感情的な厳しい言葉なんて、彼の口からは出てこない。

世の中は実証を必要としている。したがって、言葉よりも行動のほうが遥かに重要な意味を持つ。

その点で言えば、彼はカッコよさがある。

アセイラム(姫)


彼女は、イナホとは反対に、賢くはないけれど、優しい人。

私は、優しい人のほうが好きだな。だって、普通そうだろう。

アセイラムが賢くないというのは、火星人の企みを見抜けなかったりと、人間が考えそうなことで足元をすくわれたりしているところを見ると、あまり賢くはないと思う。「暗殺はただの口実」ということに気づいたのも遅すぎる。

ここで、私は、彼女は権力を持つにはあまり適役ではないと考えている。賢さも兼ね備えた人でないと、色々と厳しい所がある気がするから。

でも、彼女は今回の件で一番成長したんじゃないかなと思う。

スレイン


スレインは、なんだろう。作品的には、「後戻りできなくなった人」だろう。アセイラムを愛しすぎた人でもある。

そして、彼の痛恨の極みは、アセイラムが目をさますことを最後まで信じ切れなかったことだろう。

これによってスレインは後戻りできない状態に移行してしまったと考えられる。

このことは彼自身、最も悔やんでいることだったのではないだろうか。

ずっと信じてきたことを最後の最後で諦めてしまった。けれど、信じることが正解だと後で分かることが、どれほどの後悔か、私にはよく分かるよ。

「今さら後戻りするのは遅すぎる」

「うん、そうだね」

しかし、中にはすぐにリセットできる人、修正できる人も稀ではあるが存在する。だけどなかなかできることじゃないだろうね。今までやってきたことを全て捨て、なおかつ自分が間違いだったと認める事ができる人は多くはない。

普通にいい人が、後戻りできなくなってとんでもないことをやらかしてしまう悪い例とでも言っておこうか。

でも、最後にはアセイラムがそれを阻むことになる。

彼の目的からすると、これが一番効果的で、かつそれは彼へのトドメを意味しただろうね。

でも彼女はスレインのことも考えていた。しかし、それは彼女の本質から考えれば分かることだと思われる。彼女は優しいからね。

ライエ


このキャラは、「火星人はみんな敵」といってた火星人。

鏡を使えば彼女の本質は容易に判明する。

彼女を一言で言うと「嫌いな人」。いや、私の好みは関係ないよ。

彼女は色んな物を嫌っている。そして、姫の突発的な殺人未遂すら実行してしまう。

彼女は、一体、なんなんだろう?と思った人も少なくないのではないだろうか。彼女の行動は意味不明だと。

しかし、私はこれを当然のことだと考えるし、特に驚くべきことは何もないと考えるし、予測できることだったとそう考える。

何故かと言うと、先程も述べたように、彼女は、「嫌いな人」だからだ。

彼女は、他の誰よりも自分が嫌いな人なんだよ。それだけのこと。

そして、この性質を持った人の近くに高度な人格者、能力者などがいる場合、彼女は自分自身に耐えられない。

つまり、彼女とアセイラムは、合わないのだ。性質的に全く合わないのだ。

だから、一緒にいては、何かやばいことが怒る予感がする。私の場合はだけど。このタイプの人達が一緒にいるところは、見ていてハラハラするよ。

彼女はアセイラムを見て、「嫌いな人」スキルをますます悪化させる。そして、アセイラムはそれに気づかない。それに気づかないアセイラムを見て、ますます彼女は激怒するだろう。

そういえば、ついこないだもこのスキルを持ったキャラを見たことがあったなあ。えっと、化物語だったと思うけど「嫌いだ、嫌いだ、アララギ、私はお前のことが大っ嫌いだ」っていう数学が得意な人なんだけど。まあ、そんな感じで。

自分を最も忌み嫌う人間というのは、往々にして、他者を嫌い、憎悪することもよくあることだからね。しかたがないよ。それがこのスキルを持った人の特徴だからね。

いや、悪口を言っているわけではない。ただの本質の話。

現に彼女の態度は、後半はとても改善されている。こういう奴がいても、全然いいよ。

ただ、環境によって「嫌いな人」という本質の悪い面が出てしまっただけの話。

ニーナ


デューカリオンの操舵手を務めてる子。

この子、好き。

うーん、特筆すべき特徴という特徴がないのだけど、とてもかわいい子だよね。

もっと掘り下げてくれれば良かったかもだけど、彼女は全く掘り下げられていないので、うーん、どうしようか。

何か書いたほうが面白いということだったら、適当なことでも書くよ。

適当に言うと、彼女の本質はノーマル。

いや、それは分かっているよと思うひとが多いかもしれないけれど、実はこの特徴を説明するのが一番めんどくさい。

なぜなら、それは主に消去法によって確定されるから。

つまり、この場面、他の特徴的なキャラだったらどういう反応になるのかなというのを考えていって、そこで彼女はノーマルだっていうことを言わなければならない。

まあ、それでも特徴的でない彼女の特徴を述べるとするならば、「かわいい女の子」だろうね。そういう描かれ方をしている場面がいくつかある。そして、これが作中で言う彼女の一つの役割だったとも考えられる。

例えば、姫と衣装交換したり、軍服が可愛くないから制服を着たりとか。戦いばかりじゃ、疲れちゃうし。それにトゲトゲした人ばかりでも疲れちゃうし。

ユキ姉


主人公のお姉さん。

さて、だいぶ書くのも疲れてきたので一言で。

主人公のお姉さん、助けてくれたシーンもあるけど、多くに主人公の邪魔をしてた印象がある。


アルドノア・ゼロの再視聴


何となく再視聴してみた。

この作品、すごく面白いんだけど、あまり評価されてないぽいのはなんでだろうと思った。

もしかすると、少し早すぎたのかもしれない。

感想みたいなものは当時視聴してた時になんか書いてた気がするけど、覚えてない。したがって、再視聴することで、意見が変わったのか、変わってないのか分からない。

私の感覚からすると、多分あまり変わってないし、全く同じようなことを書くかもしれないけど、とりあえず感じたことを書いていく。

それぞれのキャラの印象は最後に書くとして、まずは、背景的なことから。

この作品は、人が嘘をついた時や緊張した時に発する動作が分かりやすく描かれていたりして、細かいところもしっかりと作りこまれている印象を受けた。

こういうサインを読み解くと、イナホもイナホで割りと分かりやすいやつだと私は思う。

そして、火星人を見ていると、本当に今の地球人と変わりないなあと感じた。高度に文明が発展した超人類だけど、精神性はまるで変わっていないんだなあと、そんな風に思ったのだ。

ただ、その態度は作中ではちょっと風変わりな描かれ方をしていた。が、理解可能な範疇だと思われる。

火星人は地球人を自分たちよりも劣った種族として見下していた。その立ち居振る舞いは、何か勘違いした古い時代の貴族達のようだ。

多分、火星人と地球人で立場というか文明が逆なら、地球人は、そんな感じの態度や振る舞いになってただろうと私は推測する。過去の歴史上、貴族制度が現在よりも強固で、明確な時代でもそうだったように。

もちろん、火星にも地球にも色んな人がいる。良い人もいれば、悪い人もいる(正確には野蛮な人とそうでない人だが)。しかし、大多数を占めるのは、その環境から導き出される最も納得のいく答えだ。

また、この作品は戦争を上手く描いていたと思った。私が見てきた中で一番、これが現実に近い戦争だろうなってそう感じた。そう感じさせるほど、素晴らしい作品だった。

追いつめられた時、人はどう行動するのか。圧倒的な文明さというものが、人にどれほど残虐で愚かな振る舞いをさせるのか。権力者がどうやって戦争を引き起こし、兵士を焚き付け、どのようにして目的(利益)を獲得するのか。そういったものが描かれていた。

そういえば、これって、どこぞの「祭り」に似てるなあと思った。

このことを語るとなると、少しばかりポイントの説明が必要になる。

「祭り」ってなんのためにあるのかというと、国民を喜ばせるため...じゃあない。国民を浮足立たせて、お金を使わさせるため、いや、正確には権力者(開催者)や関係者、有力者が儲けるためにあるものだ思う。そういった稼ぎ場を「祭り」というのだろう。

例えば、経済効果というものがある。これは、オリンピックという名目上、予算をぶんどるための説得に使われるものだ。それ以上でもそれ以下でもない。

そして、オリンピックという名目で予算が取れれば、公務員は、それを自由にできる。もちろん、公務員と言っても色々な立場の人が居る。議員や汚職団体、献金企業なども、あちら側だと考えたほうが良い。

経済効果の多くは、名ばかりの偽りで、国民のもとには当然、還元されない。なぜなら、国民はお金を払う側だからだ。決して、受け取る側ではない。それを理解している人が少ないように思う。受け取る側というのは、議員や関係団体など一部の人間に限られる。

経済波及効果というのは、正確には「国民」が得る額ではなく、「国民」が損する額として考えたほうが、その実態に近い。

例えば、オリンピックが開催されたとして、あなたに何らかの還元がなされたことがあっただろうか。「ない」と感じた人のほうが多いと私は推測する。

さて、しかし、あなたへの還元はないが、こういう「祭り」が開催される場合、通常は、(1)あなたは支払うべき税金が増え(支払うべき債務が増え)、(2)あなたが受けるサービスの質は低下する。

戦争もこれに似ている。負担はすべて国民が負うべきものだ。反対に、利益は権力者(もしくは権力に近い人間)が受け取るのが普通だ。

あなたは、戦争に勝てば何らかの利益を得られると考えられているかもしれないが、その殆どは幻想に終わるだろう。

例えば、「国民の生活が困窮して、どうしようもない。戦争でもして、奪い取るしか手がない」という状況を想定してみよう。

この場合、本当のことを言えば、割りとどうしようもない。戦争を仕掛けた場合、普通はますます状況が酷くなる。そして、よくはならない。なぜなら、戦争にはお金がかかるからだ。

今回、火星というところは文明だけが発展したイレギュラーだったが、普通こんなことはありえない。

また、火星の皇帝が国民にやったことも興味深い。彼らは自らの政治の失敗を戦争の理由にしている。火星国民は怒っていて、その怒りの矛先を地球に向けたのが、彼らのやり方だった。それによって、元凶である皇帝は支持され、地球が非難の的になる。

これはほんとうによくあることで、何故か自らを虐げる者を支持し、全く関係がない救いの手を避難する人間も多い。いや、貧困に陥ったものの行動というのは、ほとんどが反対なのだ。本来やるべきことと反対のことを彼らはやりたがる。

そして、こういうことは、外から見て明らかなことでも、内からは全然わからないのだ。

しかし、この情報を正確に国民に伝えたところで、彼らは納得しない。だから、色々な詐術を行う必要がある。

それが、経済効果であったり、もしくは、靖国思想(軍国思想)だったりするわけだ。

ちなみに、靖国思想とは、「兵士として国を守って死んだ人間は、永遠の天国に行ける」という靖国神社の思想のことを言っている。

調べてもらえればだいたいのことは分かるだろう。戦争においては旗から見ればあまりにも滑稽で荒唐無稽な話がマジで語られる。

したがって、ポイントだけ述べるが、「本当のことを言えば、誰も戦争に行きたがらないから、なんとか騙す必要がある」ということだろう。

戦争に求められるのは、いかに民衆を熱狂させ、利用し、騙せるかということが最も重要になる。これは歴史を学んだものなら誰でも知っている。

このアニメでは、「姫暗殺を企てた地球人に正義の鉄槌を」という名目で攻撃が開始されている。

うーん、長くなってしまったので、続きは次回。

(今回はあまり面白い話にならなかったなあ


iPhoneSEを買えばよかった


iPhone SEが発表されて、値段も見た目もいい感じなので、こっちを買えばよかったかもなと思いました。

iPhone5sのデザインを採用するのは、センス良さがあるなあと。

追記 :

新古品で購入したiPhone5s、あまり使ってないので、どっちでもいいかという気がしてきたけど、SEは魅力的。


今期(2016-03)のアニメ



今期のアニメは面白いの多かったと思います。

このすば、大家さん、僕だけがいない街、GATEなどを見てました。全部普通に面白かったですね。

あ、そういえば、新あたしンちも見たな。

このアニメは小さい頃に見てたやつで、その頃は既に放送終わってた気もするけど、親がDVD借りてきてね。それがきっかけで知った作品(だったと思う)。その後、自力でDVD全話見たという。

内容的には、あるあるだったり、こんなやつ(主に母)いないよ、だったり。結構、面白いよ。

で、今見ると、面白いのは面白いんだけど、居酒屋の話とかがつまらなすぎるとかそういうちょっとした不満はある。けど、やっぱり面白いね、このアニメは。


あまり覚えてない嫌なこと


私って、なんというか、今まで嫌な出来事とかトラウマとか聞かれても、実はあまり覚えていないんですよね。自己防衛機能が働いているようだ...。

そりゃ、たくさん嫌な思いをしたり、悪口や陰口を言われたりしてきましたが、具体的なことは何一つ、割りと思い出せなかったり、ぱっと出てこなかったりするので、よくもあるし、悪くもありそうな気がします。


僕だけがいない街(アニメ)の感想


実は、コミックのほう、最後まで読んでいないので、アニメで見られるのを楽しみにしています。11,12辺りは未知の領域。とはいってもある程度は予想は立ててはいるのだけど。

しかし、アニメでは重要な部分がいくつも省略されているようで、少し残念に思います。これでは、犯人の不気味さがあまり伝わらない。

なぜここを省略したのかという理由ははっきりしていて、民放が見せたくない部分だったからでしょう。まあ、全12話というのもありますが。

彼らは、往々にして、真実であろうとなかろうと、見せたいものしか見せないし、利益になるものしか載せないという本質がある。

そして、犯人の立場も重要です。犯人は、学校の先生であり、国会議員。もし犯人がそこら辺のチンピラなら、その不気味さは描かれていたような気がします。

彼のような立場にある人間の現実社会での犯罪行為も、あまり報道されることがないのも問題。

彼らが植えつけたがっている印象ははっきりとしていて、「先生や国会議員は皆、悪いことなどするはずがない。したがって、国民は安心、安全で、何も心配する必要はない」という感じのもの。

しかし、これは一般国民の印象や認識とは大きな齟齬があると私は感じています。

その点で言えば、この作品の犯人はベストチョイスだったと思う。

しかし、犯人の不気味さや残虐性が伝わらないのは、残念なところ。いい加減、アニメはTVという枠組みから離脱したほうがいいのかもしれないなーとこの作品を視聴してててそう思いました。

と、ここからがアニメの予想だけど、11話で主人公は記憶が戻っていると言ったところで終わりました。

重要なのは、いつ戻ったのか。きっかけは何だったのか。

まず、犯人に呼び出される前に記憶を戻したのなら、主人公は犯人を確実に追い詰めるため、罠をはってた可能性があります。だって、犯人の犯行の多くは時効。その他は、証拠不足です。そのため、犯人を追い詰めようとしたら、犯行を実行させ、そこを押さえる必要があります。つまり、主人公は自分を囮に罠を張っていたのかもしれません。

次に、犯人に呼び出された後に記憶を戻した場合です。この場合は、主人公は割りとピンチだと思われます。主人公はアドリブで機転を利かせなければピンチを脱することは出来ないでしょう。

では、記憶を戻したきっかけは何だったのでしょうか。

確率として高いのは、トントンです。が、私はその前から記憶を戻していると考えるので、その視点で再視聴してみないと判断できないですね。...面倒なのでしませんが。そういえば、漫画だとこの辺一瞬でできるんですね。

ともあれ、最終回、楽しみです。


SAOLSの裏ボスや武器など



裏ボスや全キャラを集めたり、武器を集めたり。

エクスキャリバー、聖剣エクスキャリバー、カゲミツ_4(光剣)、煌光剣クラウ・ソラスを手に入れてみました。

適当にクエストを受けていれば、強い武器は手に入るようになってます。









ボス攻略


セブン(クエスト)


エクスキャリバーの取得には、セブン(クエストver)を倒すことが必要です。

しかし、このセブンは、HPが回復していきます。なので、ある程度のスキルが揃っていないと難しいです。

具体的には、ボスキラー、クリティカルヒット+などをキリトが覚えるくらいまではレベル上げが必要だと考えられます。

それまでは、他のクエストを攻略していくと効率が良いと思われます。

最終的な感想


早くも飽きてきたけど、気分屋の自分が最強武器を集めるくらいには良いゲームです。

ただ、傑作かと言われると、答えはNOです。PSPのSAOゲームもそうでした。クリアしてある程度強くするんだけど、2回目遊ぼうとは絶対に思わない。そんな感じ。あと、心にもあまり残らない。僅かな思い出としては、作業をやらされた感想、ひたすら使いまわしだった感想しか思い浮かばず、人によっては、あまり、おすすめ出来ないかと思われます。

反対に、私が今までクリアしたグラビティデイズとFF10は胸を張って人におすすめできる作品ですね。こういった作品たちとは大きな隔たりがある良作です。もし興味を持たれた方は、そのへん、頭に入れておいて欲しいかも。

個人的には楽しめたし、良い作品だとは思いますが。


レインが気に入った



個人的に、SAO LSで面白かった点は、主要ストーリーとレインのキャラが良かったことです。主要ストーリーは、ある程度の緊張感があり、面白かったです。また、正妻であるアスナが強いのもポイントが高い。私のパーティーはアスナがいないと死にます。つまり、色んなキャラが使えるけど、ストーリー軸を壊していないので、バランスが良いと思います。

レイン




これは、単に好みの問題ですが、私は、レインというキャラが非常に気に入りました。

これについては、まずパーティーの話からしなければなりません。

私のパーティーは初期ではキリト、アスナ、ユウキでしたが、レインが来てからは、キリト、アスナ、レインでした。レインが想像以上に強かったので。

ちなみに、SAOでは私は特別にお気入りキャラというのはいなくて、あえて言うならシリカ?くらいでした。お気に入りがいれば、それを使うのですが、まあ、いないので、強いキャラで構成しています。

で、いつの間にかストーリー上もレインのキャラがいいなーと思うようになっていました。パーティーに入れているので余計にだったのかもしれませんが。

したがって、最終の裏ボス?だったことに驚きつつも、実はそういうのがなかったとしても、レインは個人的なお気に入りキャラです。

黒雪姫




SAO LSでは、色んなキャラが使えるようになっています。例えば、黒雪姫(ブロック・ロースタ)など。

黒雪姫というのは、どうやら違う小説のキャラしい。強いけど、魔法が使えないのがなー。あと、衣装が通常ではなんか浮いてるので、違う衣装も欲しいかな。

セブン


あとは、セブンやクロ(SAOのスピンオフで登場するらしい?)がいて、使えます。私は、レインは好きなんですが、セブンはあまり好きではない。ゲームプレイしててそんなことを思いました。別にゲームの設定上どういう立場かというのはあまり関係なくて、性格がなんというか怖い。

やってること自体は全然悪くないと思うんだけどね。

ただ、私の印象として、セブンは良くは映らなかったなあ。いや、むしろ最悪に映ったというのが本当のところ。こういうタイプの人が周りに担がれてやってしまうこと、それは非常に恐ろしいことだと、そんなふうに感じたから。でもこれ自体はマイナス要素ではないんですよね。内容いかんによっては、世の中に大きくプラスになる素質だと思う。

でも、私はこういう人はあまり好きじゃないなあ。


SAOLSをクリアした


SAO LSをクリアしました。1年くらいほったらかしだったのですが、最近またプレイし始めてクリアしました。

感想としては、普通に面白かったです。確かに、色々と不満点はあるものの、楽しくプレイできました。

私は、Vitaで購入したソフトは結構ありますが、クリアしたソフトは少ないのですね。

覚えている限りでは、(1)グラビティデイズ、(2)FF10くらいで、今回クリアしたSAO LSを含めると、全部で3つです。

私のような気分屋に最後までプレイさせるゲームは珍しいので、その点でいえば、SAO LSは良く出来ていると思います。

SAO LSの不満点


ここからが不満点というか、私がゲームを作る場合はこうするのになーというのを書いてきたいと思います。

色々詰め込み過ぎ


まず、このゲームの不満点の本質から。

「色々詰め込み過ぎなので、もっと削るべき」

このゲームの不満点の数々は、色々な要素を詰め込み過ぎたことで発生しているように思います。

では、何を削ればいいのか。

思うに、(1)使い回しをバッサリ削る、(2)クリアまでのストーリーを削る、です。

(1)使い回しを削る理由は、プレイヤーに「このゲームは同じことばかりやらされるな」という印象を与えてしまうからです。もう二度と最初からプレイしたくなくなります。これは非常によろしくないと思いました。これなら、一切を削ったほうが印象としては良いと考えます。

(2)ストーリーを削る理由は、このゲームに脱線やファンサービスがクリアまでにたくさん出てくることで、やる気が失せるからです。ストーリーを進めるやる気が減少していきます。というか、このゲームのファンサービスのイベントは、正直、気持ち悪いと思います。

このゲームの中心的ストーリーは、謎や緊張感に満ちていて、とても良かったです。せっかくのこの雰囲気を壊してはいけないと思いました。なので、クリアまではあくまで一定の緊張感を保ったままのストーリーで展開し、それ以外一切を削ったほうが良かったと思います。

ラスボス


また、補足として、ラスボスの変身がダサかったのが残念感があります。何がダサかったのかというと、登場までの物語性のなさです。

とりあえず、デカくて神々しく強そうなボスを出しとけばいいだろ感が伝わってきました。

これならば、最強魔法使いとしてのセブンをラスボスにしたほうがよっぽど良かったと思いました。ひるまないようにすれば、強さもそこそこ調整できるでしょう。

もちろん、デカくて強そうなボスもありです。そこに物語性がないことが問題なので、こういうボスを出すのなら、それなりの説明が必要だと思います。ラスボスは突然過ぎて、なんというか、個人的にはついていけなくなりました。

あと、声とかもないほうが良かったです。ついていけない上に、痛々しい感じ。ラスボスを盛り上げるにもポイントがあって、ここぞというポイントさえ抑えておけば、余計なものは付加しないほうが良いと思います。

私なら、ラスボスはBGMと戦闘直前の物語性で盛り上げる展開が好み。戦闘中は無言でお願いします。喚き散らしながら攻撃してくる戦いというのは、なんか合わないなあ。

街とフィールド


街とフィールドで操作性が異なったり、制限が加えられるのは、個人的には好きではありません。

ゲームでは、フィールドよりも街にこだわったほうが良いなーと思いました。

なぜなら、一回性のフィールドよりも街のほうが何度も行き来するからです。

街というのは、いわばこのゲームで言う家です。家の中はとことんまでこだわり、快適にすべきというのが個人的な意見。

ちなみに、このゲームのフィールドは素晴らしかったです。

最後に


上記はすべて、私がこのゲームから学んだことであり、方向性の話です。

そして、色々と不満点ばかり書いてしまいましたが、普通に面白かったし、楽しんでプレイできました。ハマりました。

その点で言うと、このゲームは素晴らしい出来です。

ただ、その素晴らしさをもっと高めることもでき、それが、ここで述べたようなことだと私は思います。

つまり、「もっと削ればよかったんじゃないかな」ということです。

良い部分も多いのですが、不満点も多い(かつ大きい)ので、そればかりが目立ってしまう。正直、勿体無いなと思いました。

しかし、プレイしてみて、多くを学ばせてもらったゲームです。ゲームって、もっと削らなきゃいけないんだということを。

次回は、SAO LSの面白かった点を書く予定。


偉大さの指標


偉大さというものは一体どういうものでしょうか。

それはどのように決まるのでしょう。

前者は前に話した気がするので、今回は後者について。

一言で言うと、偉大さは、「自分が自分らしく生きていくために必要なものの多さで決まる」ということです。

この視点で言うと、一切何も持たずに、それでもなお、自分が自分らしく生きていくことができる人間が最も偉大な人間です。

反対に、たくさんのお金がなければ、たくさんの愛がなければ、たくさんの物がなければ、たくさんの人に助けてもらえなければ、自分が自分らしく生きていくことが出来ない人は、偉大な人間ではありません。

いや、実際に持ち物の多さが問題ではなく、その持ち物がすべて無くなっても、それでも自分が自分らしくあるなら、その人は偉大な人間です。

ただ、通常は一旦持ってしまうと、それに依存、固執しやすく、かつ手放すことが難しくなりやすいので、難易度は上がります。

したがって、すべてを持たない状況とすべてを持つ状況を作り出し、その人がどのように振る舞うかというのを見ることで、その人の本来の偉大さを計測することが出来ます。

例えば、持たざる時は偉大な人間だったのに、持った瞬間に偉大な人間ではなくなることも良くあります。通常は難易度が上がりますからね。また、逆もしかり。


恥ずかしすぎて出すのが嫌な記事


ブログを書いたことがある人なら分かるかもだけど、恥ずかしすぎて出すのが嫌な記事も稀にありますし、書いた後にしばらくして読み返してみると、悶え死にたくなりそうな記事もたくさんありますね。


過去に書いたイラストを見るのは苦痛でしか無い


タイトルのとおりです。


イラストを書く日課


すぐにやめてしまった。


初めから知ってる答え



「本当のことはみんな知ってるんだよ。でも、気づかないふりをしているよ」というような考え方をすることがあります。

これはどういう意味があるのかというと、色々ですが、その一つに答えというのは「その人が気づかないふりをするのをやめた時に、見えてくるもの」みたいな考え方をするからかもしれません。

痛いことをごちゃごちゃ書いていたので、以降を読まずに削除しました。


齟齬の多くはその人の立場から発生する


タイトルのとおりだけど、まあ、そういうことではないかなと。

私は立場から機械的に導かれる結論にあまり魅力を感じなかったりもする。

まあ、それも重要なのだろうけど。


となりの吸血鬼さん


ComicWalker

読んでみた。吸血鬼のことにちょっと詳しくなったかもしれない。


イラスト上達のコツ


何かきっかけというか、ある複数の線があったとして、それがあれば絵が完成するということがあったので、メモ。

だけど、きっかけが何もないところから描きたいものを描いていくというのは、現在の自分では難しそう。

プロの人は一本の線や何もないところから描いたりするのだろうか。


理解できるかは感情次第


誰でも理解できる事柄のそれを大きく阻害するものがあるとすれば、それは、「自分の立場上、今回の論調はどうなのだ」というその一点に尽きると思います。

もし自分の立場上認めたくない論調ならば、「ここもおかしい」、「ここも変だ」と言いやすく、細かいところばかりに目がいって、相手が言いたいことが読み取れなかったりすることが多いかもしれないと考えるからです。

なので、感情が広い(心が広い)人のほうが、物事の理解は早くなるというのはあるのかもしれませんね。そんなことを思ったのでした。

おわり。


最近描いた絵で気に入っているもの








表に表現されている問題の大小


公開されている表現が全てかというと、書く側としてはそんなことはないなと思いつつ、しかし、読む側としてはそれが全てなので、このことに関して齟齬が広がってしまう場合が多く、特にどちらが悪いというわけでもないことも多いので難しそう。私は基本的に書く側の方ができる限り配慮すべきとは思うのだけど。しかし、あまりに多くを要求しすぎてしまうのもあれなのでという感じではある。


第三者から批判していい問題


人は、基本的に自分が感じたものを、感じるがままに表現してもいいと思う。

が、その感じ方についてとやかく言うのは、私はなるべくしたくない気がした。

もちろん、第三者から批判していい問題もあって、例えば政治に関する問題などだと思う。理由としてはそれが自分達の生活に直接関わりがある事柄だから。

ただ、第三者からは、どちらが悪者かわからない問題もあって、更に、悪者はどちらでもなかったということも多かったりするんじゃないかなと思ったりもする。

その場合、当事者を傷つけるだけの結果にならないか、そういった配慮も必要なんじゃないかなと、私はそんなことを感じたのでした。

当事者間の問題って表現されていないものもたくさんあるかもしれないし、色々難しそう。

おわり。


なんか悪い人間なんていないってことをごちゃごちゃ書いているっぽい記事



アニメが嫌いになった人の話を自分はどう考えるのか


最近、大好きなアニメを批判されて、アニメを見なくなったという人の話というかイラストが話題になっていた。

話題になるということは、批判にさらされるということでもあり、私はその人が少し可哀想に思った。

感情的にはそれだけだが、その感情を上手く表現するために、今回はそれを書いていこうかなと思っている。

今の世の中、ある一つのことをすると、すごい批判にさらされることを私は知っている。

具体的には、「他人のせいにすること」だ。

例えば、「他人のせいで私はアニメが見られなくなった」というと、当然ながらすごい批判や誹謗中傷が寄せられ、そう言った当人は精神的ダメージを負ってしまう、そういう世の中だし、特に日本のネットではその傾向が強いと思う。

しかし、私は、「別に他人のせいだって言っても、それが本当なら別に仕方ないし、別に良いのでは?」とそう思っている。

だから、「他人のせいにするな!」とかそういった厳しいことは特に思わない。

その理由の一つは、そういう厳しいことを言うだけでは本人は救われない事が多いからだ。

そんなことは誰でも言えることだ。

誰もが簡単に、「自己責任だ」、「他人のせいにするな」、「甘ったれるな」とそう思うだろうし、場合によっては、それを言葉にするだろう。

基本的に、私はこんなことを言っても意味が無いと思っている。

例えば、「僕だけがいない街」で親に虐待されている子が登場するが、彼女が誰にも救われず、そのまま育ったらどんな風になっただろうかと想像してみる。

誰にも救われなかった場合、つらい目にあったその人は、きっとひどく残酷で冷たい人間になっただろう。

逆に、辛い状況から主人公たちに救われたその少女は、未来では優しい普通の人間になっている。若干ネタバレだが。

ここで、私達ができることが非常に限られたものであることが分かると思う。

私達は彼らを手助けすることしか出来ないのだ。

もしこの虐待を受けた子供に、「ゆるむな、甘ったれるな、自己責任だ、他人のせいにするな」と言ったところで、彼女は変わらなかっただろうし、救われなかっただろう。

反対に、この作品の主人公達は、この少女、具体的には無愛想な嫌われ者に優しく声をかけ、誕生日を祝い、隠れ家に匿うということを実行した。

そのかいあって、未来では、この少女は優しい普通の人間になっていた。もしこの少女が救われなかったら、どうなっていただろうか。

人は環境に逆らえない。虐待を受けた子供は、やがて親になり子供を虐待するようになる。厳しいことばかり言われ認められなかった人間は、ただ厳しいことを言うだけで他人を認めないダメな大人になるだろう。こんな人間ばかりの世の中にあなたは住みたいと思うだろうか。

以上を踏まえ、私は、今回のケースでは、「本当にそのせいでアニメが見られなくなったのなら、それはそれでしょうがないだろう」とそう思った。

実は世の中、「他人のせい」であることも多い。何故かと言うと、「人ひとりの力はとても小さい」からだ。子供は親を選べないし、人間は環境を選べない。だからこそ、環境というものが非常に重要になってくる。これをすべて「自己責任」に帰結させるなら、世の中は良くならないだろうと思う。逆に言うと、原因を解明し、環境を変える努力をする上で、「他人のせい」にすることも私は仕方ないし、時には必要なことだろうと、そう考えているのだ。

だからこそ、私は、「他人のせいでアニメ見られなくなった」というこの主張に対して、特に怒りも拒絶も否定も感じなかった。それはそれでしょうがないし、そういう人がいても良いと思うのだ。この人はおかしいとも何とも思わない。

今回、そう思う人が多かったようだ。

何故かと言うと、やはり、最初にも述べたが人間の本質のせいだろう。

人間は自分とは関わりのない事柄は、「自己責任だ、他人のせいにするな、許せん」という感情を発生させるのに対して、自分の事がらに関しては、割と他人責任にすることも多い。

他人責任というのは、例えば、「あいつはもうダメだ」とかいうのも他人責任にしている範囲に含まれる。自分でなんとかできない事柄、コントロール出来ない事柄に関して、それを否定したり、ダメだと言ったりするのは、やはり、「自分の責任ではない、どうしようもない」と言ってるのと同じだからだ。

しかし、これは特別に悪いことでもない、と私は思う。これは当たり前のことであり、当然のことだ。

また、「作品を批判した人、原因を作った人」に言及したい。

一言で言えば、「別に作品を批判しても良いのでは?」ということだ。

つまり、この件に関して、悪い人間はいないのだ。

長くなりそうなので、また今度。


サイトに動きをつけるJS



animoconsを試してみた


こういうのは、Qiitaに書いたほうが良さそうな気がしますが、このブログに書くほうが気軽なんですよね。ということで、ついつい気軽な方に書いてしまうという罠。

ちなみに、気軽というのは、なんというかあまりちゃんとしなくてもいいみたいな感じで、このブログは前から全然ちゃんとしてませんので、書きやすいのです。

まあ、いいです。ani...そんな感じのアイコンフォントのアニメーションツールを試してみました。

https://github.com/codrops/Animocons

結構色々使ってますね。mo.js, fontawesomeなど。この辺り私自身も結構使いますが。

デモがありますので、表示してみて、使い方を探ってく感じ。私の場合、こういう時はプレビューしながら最小構成を作ってみる。まあ、そんな話はどうでもいいか。

bash<br />$ git clone https://github.com/codrops/Animocons<br />$ cd Animocons<br />$ jekyll server<br />

どうやらアニメーションに結構、幅を取る必要があるようで、なかなか使いドコロが難しい感じがします。


ArchLinuxでpacaurを試してみた



パッケージマネージャー、というか正確にはaur helperですが、色々試してみました。

現在までは、yaroutを使っていたのですが、packer, aura, pacaurを試してみました。

packer : yaourtに似た感じがする洗礼されたインターフェイスを提供する印象

aura : haskell関連をインストールしなければならないけど、コミュニティがいい感じでメンテナンスされている印象

pacaur : シンプルで色々対応している

auraは、/etc/pacman.confに以下を追記して、updateした後に、インストールすれば良いと思います(あまり覚えてない)

<br />[haskell-core]<br />Server = http://orbitalfox.com/haskell/core/$arch<br />

bash<br />$ yaourt -Syu aura-bin<br />$ yaourt -S aura<br />

pacaurはシンプルな作りになってるので分かりやすく、GitHubからcloneして、pathが通った場所にでも置けばよいと思います。必要な物を必要な場所に配置しなければなりませんが、エラーで表示されるので、そのへんは適当に。この辺を自動化するスクリプトがどっかにありそうですが、あまり調べてません。

bash<br />$ git clone https://github.com/rmarquis/pacaur<br />$ cp pacaur/pacaur /usr/local/bin<br />$ mv pacaur $HOME/.config/<br />$ source ~/.zshrc<br />$ pacaur -Syu<br />


Macで使うVLCの問題点


インターフェイスにncursesを採用しているのですが、ビデオをメインウィンドウに表示する設定をすれば、2回に一回はウィンドウが立ち上がらない。

ちなみに、このバグはMacのみで再現します。

vlcは定番だから使ってるだけで、もっと良い動画プレヤーはないものかなあ。Linux,Windows,Mac互換。

mplayerは結構好きなのだけど、倍速再生とインターフェイスが辛いので、動画には不向きで、音楽再生の時のみ使用してます。

最近、環境というかメインツールを色々と一新しているので、この機会に、色々触ってみるのも面白いかもしれません。


カレーの辛さで好きなもの


私は少し変わってるかもしれませんが、甘口と激辛が好きですね。皆様は好きな辛さってありますか?


サイトに動きをつけるJS


パズルを作る際に色々と調べてみたりしました。

jscroll


https://github.com/pklauzinski/jscroll

試してみたのですが、使いドコロが難しいです。シンプル故に。メニューバーとかあるサイトには難しい。

bower install jscroll

descartes


https://github.com/jonhmchan/descartes

こちらも。カラフル。メモしておかないと忘れそう。

bower install descartes


イラストを描いてみたけど


過去に描いたイラストって痛すぎるので、正直見たくない。

ある程度上手く書けるのならいいんですけどねー。

でも練習しないと上手くなれないという(してない)。


エンジニアのパズルに載せてもらった


最近、エンジニアなら解けるパズルというものが人気です。これは、じゃばざはっとさんという方が考えられたものですが、私もやってみて、面白いなー、すごいなーと思いました。そして、なんと私が作ったのも載せてもらったことがありました。ありがとうございます。

http://puzzling-a-puzzler.herokuapp.com/

で、その時に私が作ったパズルはこちら。これは到底パズルとは呼べないようなものだったのですよね。すごいわかりにくいです。

http://syui.github.io/terminal

随分前に作ったやつなので、ちょっと解説してみることにします。(覚えている限りで)

これは、めちゃくちゃわかりにくいのですけど、基本的には以下の手順で回答できるようになってたと思います。

(注意:HTTPSは使用しないでください、また、AdblockなどのHTMLを書き換えるアドオンはOFFにしてください)

  • ユーザーエージェントを偽装して"Arch Linux"としてアクセスする

  • Arch Linuxとしてアクセスると次のヒントが現れる。ここで国外からアクセスしろと指示される

  • よって、VPNやTorなどを使ってトラフィックを偽造し国外からアクセスしているように見せかける(その間にもユーザーエージェントの偽装は必要)

  • このようにした上で"system"コマンドを実行すると、正解にたどり着ける。正解にたどり着いたらコメントが入力できるURLが示される

  • そこにアクセスし、コメントを残すことで正解者が表示される仕組み

    具体的な手順としては以下をやるとよさそう。

    $ sudo pacman -S tor --noconfirm

    $ sudo cp /etc/tor/torrc-dist /etc/tor/torrc

    $ sudo tor

    $ chromium --proxy-server="socks4://localhost:9050" --user-agent="Arch Linux" http://syui.github.io/terminal

    あと、幾つかのWebコマンドで自分のステータスを確認できるようにもしています。まあ、Torを起動させてたまたまJPのServerが割り当てられる確率はすごく低いと思いますが、念のため。

    <br />$ ifconfig<br />

    こんな感じだったと思います。ただし、裏技を使って攻略することもできます。それはソースを読むことですが、なぜ裏技が使えるのかというと、単に私の技術力が全くないからという一言に尽きますね。基本的に私はコンピュータのことはまるでわかっていないのです。

    追記


    今見たら、なぜか以前までのコメントが消えていました。ごめんなさい。以前は正解してくれた方々もここに載っていたのですが、...すいません(汗

    あと、いつからかuseragent判定がうまく言っておらず、ブラウザ側の解釈が変わったなんなのか分かりませんが、正解にたどり着けないようになってました。申し訳ないです。

    そのためコードをちょっと修正して、最終的には動くことを確認。今現在では、多分正解にはたどり着けるようになってるはず。

ドーナツはエンゼルクリーム




私は基本的に生クリームが入った系の菓子パンやドーナツが好きです。

(何だこの記事)


日常的に書く工夫


これはもちろん自分もそうだけど、ブログを読むというのも、本を読むというのも、基本的には、暇つぶしで、暇つぶしには、個人の思想が多分に含まれた文章はもってこいですね。読んでいる分には面白いです。

でも実際に書く側としてはどうでしょう。

これは難しいのですが、ストレス発散のために書く記事は、すごい楽だと思います。例えば、怒りや不満や愚痴や自慢話これらは書く側としてはすごい楽だと思います。毎日でも簡単にできてしまうかもしれません。また、エゴサーチなどもこれらを共有する側としてはすごい楽で面白いと思います。これも毎日でも簡単にできそうですよね。よって、日常的に書くには、こういったジャンルのことをやれば続きやすそうです。

ただ、読む側としては、そういった情報は注意しなければならないのかもしれません。嘘が多すぎるのです。

まあ、とりあえず「この記事はストレス発散のためだけに書かれたものかどうか」という視点も役立ちそうなことがあると思ったので、メモ。ただ、書く側としてはストレス発散のためだけに書くのはすごい楽だと思うので、その情報も合わせて載せておきます。

以上


イラストを描いてみた




おそまつさんを見た


おそ松さんを見ました。私は十四松推し。


連続更新について


このブログの連続更新は、今年の6月まで続けば1年続いたことになるので、それを区切りにやめるか否かの判断になりそうです。

確かに、更新を楽にするシステムを構築したため継続出来てるのだけど、それでも辛さはあります。まあ、当たり前ですね。日課でも何でもそうだけど、続けてて楽だと感じたことは今まで一度もないわけだし、それは、ブログであろうと何であろうと同じだろうと思います。

今のところ、どれだけ連続更新できるのかな、1年はやってみようという感じで思っていますが、どうなるか分かりません。

追記 :

なんとか1年は続けられました。それ以降は数えてないので今現在どうなってるのか分かりませんが。


アイディアノートの使い方


アイディアノートを持ってる人も多いと思うのですが、私の場合、とりあえず書き留めて終わりにしてしまうことが多いのですよね。

読み直すことや使うことがめったにないというか。

アイディアノート、定期的に読み直したり、アップデートしたりする行為は結構重要になりそうだと思ったので、メモ。


Awesomeでredshiftというものを設定してみた


redshiftとは配色を暗くすることで目への負担を減らすアプリ。

awesomeでredshiftを設定してみました。xに書いても不安定だったので。

https://github.com/YoRyan/awesome-redshift

といってもi3に移行中なのですが。


AndroidはRootを取れば便利


AndroidはLinuxコマンドを扱いやすいので、Androidのほうが使いやすいですね。

現在は、Arch Linuxのイメージをアップロードし、それを読み込んでサーバーとしてAndroid上で起動させてます。

こうしておくと色々便利ですね。


ランニング中は頭の中が暇


最近の日課は、ランニング中に行う思考の順序を考慮するようにしました。以前はとりとめもなく思いついたことを思いつくという感じだったのですが、今は思考の順序を決めて、やるべき範囲も決めることにしました。

色々はかどります。


追記 : 半年くらいはこれをやってたのですが、そのうちやらなくなってしまいました。結構きつい。


最近のBluetoothイヤホン


昔のBluetoothイヤホンって数が少なくて再生時間が少なく、値段が高かったのですが、今は普通に安くていいのがありますね。


Bluetoothイヤホンなどを買ってみた


最近アップデートした製品が多くありましたので、まとめてみました。自分の場合、一気に来るからなあ。

|name|old|type|price|notes|
|---|---|---|---|---|
| iphone5s | iphone4s | phone | JPY 30,000 | A |
| M337 | M557 | bluetooth mouse | JPY 3,000 | A |
| K380 | - | bluetooth keyboard | JPY 4,000 | A |
| Jot Pro | Jot Pro | tablet pen | JPY 3,000 | A |
| Mpow Wolverine Bluetooth | PLANTRONICS | bluetooth earphone | JPY 3,000 | A, 連続-H8, 音質-普 |
| 1byone Bluetooth | PLANTRONICS | bluetooth earphone | JPY 5,000 | A, 連続-H7, 音質-良 |

iPhone5sは、製品自体は素晴らしいと思いますので、A評価。ただし、iPhone4sとの違いをあまり感じないので、あえて購入する必要性がなかったなあという感じ。確かに、性能は向上しているのだろうけれど、それほどの高性能をそもそも求めていない。あと、iPhone5は大きいので、電源ボタンが押しにくいよ。

Bluetoothイヤホンですが、私の場合、音質には特にこだわりはなく、重要なのは、値段と再生時間になります。もし音質に拘るならば、Bluetoothは選ばない方が良いです。ただし、それでも音質にこだわりたい場合は、1byoneがおすすめです。個人的には、Mpowがおすすめです。Bluetoothイヤホンに関してはどれが良いのか割と迷います。

スタイラスペンは、前回使っていた印象ですと、ディスクが激しく消耗します。ここで、The Friendly Swedeにしようか激しく迷いましたが、前回と違いディスクが改善されているだろうと見込んで前回と同じメーカーのものにしました。これで改善されてなければ、次回からはこちらにします。

相変わらず、ロジクール製のマウス、キーボードは全く問題を感じさせませんので、引き続きこのメーカーのものを買っていく予定。マウスは今まで大きすぎるなあと思っていたので、M33X系はサイズが調度良いです。

Bluetoothキーボードですが、複数のデバイスで切り替えできるので、非常に便利。

あと、Amazonの評価レビューについては、基本的には参考にしてはいけません。前回も言いましたが、あくまで値段とメーカー(出品者)から判断すべきです。値段は最安から見て、ちょっとだけ高めが狙い目だと思われますが、確実なことは言えません。また、性能についても嘘を公式値にしているメーカーも多いので、これも少し多めに見積もっていると見たほうが良いでしょう。

ちなみに、今回紹介した商品にも評価レビューの操作は当たり前のように存在しています。そんなバカなと考えている方は、例えば、こちらを読まれてみると、良いです。

もちろん、レビュー操作されている商品が必ずしもダメとは限らず、逆もしかり。あと、レビューが参考になるニッチなジャンル、製品はごく稀に存在するので、ケースバイケースでレビューが参考になる場面もあります。

長くなりそうなので続きは今度。


創作のきっかけ


発展のきっかけについて怒りや不満があると言いましたが、もう一つ楽しさみたいなものがあるような気がします。本当はもっとあるのでしょうけど、大雑把に言うと。

例えば、新しいプログラミング言語が出る時、大抵は、既存のプログラミング言語でここが気に入らなかったとか、そういったものが改善されて出されることがあります。これが一つに怒りや不満がやる気の原動力と言っている理由です。

また、これは作品についても言えることで、大ヒット作には特に1巻に強い怨念みたいなものが込められている事があります。非常に抽象的な言い方ですが、例えば、私が大好きだった小説ハリー・ポッターもそうでした。ハリー・ポッターの著者は当時、離婚や母子家庭(の母親)、生活保護を受けていて、執筆は子守をしながらバーで一杯のコーヒーを粘りながら書いたみたいな話があります。

実際、小説の中身を見ていると、特に1巻では、孤児のハリーが引き取りてであるバーノン家にいじめられつらい日々を送っていたというきつい描写があります。私はこれを見た時、この人はめちゃくちゃ強い怒りを原動力にしてこれを書いたんだなあそう感じました。それ以外でも、怒りが原動力になって出来上がっているであろう数々の作品に触れてきました(勝手にそう思っているだけですが)。

ここで言いたいのは、なにか新しいものを作ったりやったりすることに関しては、怒りや不満と言うものが強い原動力になるのではないかということです。そして、それが強ければ強いほど、多くの人を引きつける魅力的な作品になることも少なくないように感じます。

次に、面白い作品って何も暗い影を落としているものばかりじゃなくて、楽しさでいっぱいの作品というものもあります。特に笑い要素が多い作品に多い気がしますが、そういうものもあります。これは、自分の理想や欲望に忠実で、キャラクターに自分がやりたいことをやらせているという側面があると思います。

したがって、面白い作品っていうのは、怒りや不満をぶつけてハイ終わりというだけではなく、自分なりの楽しさを見つけていくこと、自分が楽しむことも大切なのかなって思います。そうじゃないと続かないですから。

そんなことを思ったのでした。

おわり。


倍速再生の現状




自分の動画再生歴は、1.5x, 2.0x, 2.5xという感じで進み、現在は、2.5xが標準です。

標準というのは、普通の人が1.0xで普通と感じるなら私の場合はそれが2.5xだというだけのことです。

別に、飛ばしてみるつもりもなければ、急いでいるわけでもありませんが、倍速再生しているうちにどんどん速度に慣れてしまったようです。

しかし、短編アニメは2.5xではつらいものが多いですね。上手く聞き取れないところを見ると、倍速で流しているのかもしれませんね、つくり手が。

短編アニメで見てるのは、大家さんのやつですが、これが普通の速度では聞き取れないのです。これって標準が倍速にされてるのかもしれませんね。そんなことを思ったのでした。おわり。

追記 : 現在は標準再生速度がx3.0に...多分、これ以上は上がらない気がしますね。

気分を乗せる技術


やる気を出すにはどうすればいいのかみたいな話をちょっと考えてみたのですが、これについては確立された技術やテクニックのようなものは存在しない気がします。

褒めて伸ばせと言う言葉がありますが、人間というのは慣れてしまう生き物であり、いつも褒められるとそれに慣れてしまって、やがて褒められてもやる気が出ないという状態になってしまうこともありそうに思います。その点では、「これをやれば万事解決」というようなものではないと思います。なので、確立され確定され固定された技術やテクニックはないのかもしれないなというようなことを思います。また、人それぞれ特徴も違うでしょうし。

ここで、ドーピングのような薬、例えばエナジードリンクなどのようなものを使ってやる気を出す方法もあります。しかし、これについても、薬というものも人間慣れてしまうもので、薬を使い続けると薬が効かなくなってくると言われています。

したがって、やる気がでないときにやる気を出すというのは難しいものですよね。私はそう思います。

ただ、いわゆるプロの人はこう考えるかもしれません。

「やる気があるかないかに左右されていてはダメだ」と。

なぜなら、それでは安定しないからでしょう。プロというのは常に安定したパフォーマンスを発揮する、もしくはそういったものを目指している人々を指します。もちろん、プロであってもそれは難しいことなのでしょうけれど、しかし、創作活動は気分次第と言われると、プロの人は多分、「それは違う」というのかもしれませんし、「それではプロとは呼べない」というのかもしれませんね。プロの人は気分が乗らない時も仕事をします。

ただ、ここで問題にしているのは創作活動の話なので、プロの仕事というのとはちょっと違うのかもしれません。創作活動は自由なものですし、そうでなければ面白くありません。プロの仕事というのはクライエントの要求に沿ったものであり、完全に自由というわけではありませんから。

さて、前回の補足はこれくらいにして、本題に戻すと「やる気を出すにはどうすればいいのか」という話でした。

色々と個人個人が考えるところはあって、自分はこうしているなどあるとは思うのですが、私は、不満や怒りがやる気を出すきっかけに当たるんじゃないのかなと思うことがあります。

ようはそれをどのような形でぶつけるかというの話であって、不満や怒りが必ずしも悪いものだと私は考えません。

ただ、その表現の仕方によっては批判を受けるのは確かです。例えば、ネットで悪口や陰口を言ったり、批判したりなどという行為は、その表現手法としては劣位に当たると思います。創作活動に比べて。

なぜなら、それが簡単に誰にでもできることだからでしょう。そこに個性はあまり見当たりませんよね。

次に、創作活動にぶつけるとしても、その表現手法は人によって様々です。ここで、不満や怒りがやる気の原動力だったとしても、それを単にぶつけるだけぶつけてハイ終わりというのでは、その質というものが少なからず矮小であるように思うので、その辺が難しいところかもしれないなあと思ったのです。

おわり。


冴えない彼女の育て方

冴えない彼女の育て方をアニメを見て面白かったので、ラノベを全巻読んでみました。

このラノベを思ったことは、「スタートアップの重要性」と「いかにやる気を引き出すか」でした。

創作活動って「気分が乗らない時にやっても無駄」ということと「気分が乗っているときは一気に仕上がる」というところがあるような気がします。

ここで、どのように創作活動するかよりも、どのように気分を乗せるかが重要になるんじゃないかなと。

小手先のテクニックや技術、その他もろもろよりも、一番重要なのは、本人の気分次第というところはあるかもしれませんね。


あたしンち、みかんといわき君


日常系アニメにこんな話題は合ってないかもしれませんが、今回はそんなテーマです。

みかんはいわき君を好きなわけですが、果たしてみかんは、いわき君と付き合うことができるのかどうかを考えてみたいと思います。

結論としては、みかんが告白した場合はいわき君と付き合えると思います。

ただ、いわき君がみかんのことを好きかどうかというと、別段好きではないとは思います。

でも実際に付き合ってる人って、大抵は女性から告白しているのではないかなーと私は感じています。そういうケースが多いような気がしています。

なので、女性から告白した場合、それが普通の女の子であり、かつ男性側がよっぽどの変わり者でもない限り高確率で付き合えると私は考えています。

みかんは、普通の女の子ですし、多分、いわき君はOKなのではないかなと思います。

で、みかんのような普通の女の子の不憫なところって、多分、積極性があまりないところなのではないかとかも思っています。

積極性がある女の子って大抵、年齢の割にめちゃくちゃ大人びてる人が多くて、そういう人達はこういうことを知ってるのだろうけれど(男性は別に好きでなくてもOKしてしまう性質みたいなもの)、しかし、勿体無いなと思いつつ、現実的でもあるなとも思っていて、そういった感じで話自体は面白いです。

みかんかわいい。

でも、こういうことを知った上でそれを利用してしまう時点で、みかんはみかんではなく、かわいくもないんだろうなと。よって、これは難しい問題。

このような理由から純粋なまま付き合える人というのは圧倒的少数で、何故かと言うと、両思いで、かつ男性側から告白する必要があると思うので、それはとても珍しいことのように思えるのでした。

よくわからない話でしたが、こんな感じで。

おわり。


gitlabのロゴ


タヌキだったらしい。だから404もタヌキに注意だったのか。


あたしンち2


ゆずひこも結構人気ありそうなキャラ。まあ、このアニメ、あるあるネタが多そうですから。



私の場合、みかんがやることのほうが共感できる内容多かったですが。共感と言うか、共通か。まあ、ダメなところだけだけど。


あたしンち


久しぶりにあたしンちを見た。あたしンちと言うのは、スカイツリーの近くに住んでいる一家の話で、日常系アニメ。と言ってもドラえもんとかのジャンル。

このアニメに出てくるみかんというキャラが可愛いのだけど、みかんを知らない人に紹介しとくと、割りとどこにでもいそうな姉キャラ。姉がいる人はトラウマが蘇りそうで、好き嫌いはありそうだけど、まあ面白い。



BDの売上から見る特徴


女性向けアニメのほうがBDが売れる気がする。

理由は簡単で、BDのほうが分かりやすいからだと思う。単にディスクを入れるだけで再生できるので、操作自体は簡単だし、コンピュータやネットの知識もあまり必要ない。

そういった単純さが女性向けBDが売れる理由だと思う。

逆に男性向けはコンピュータ、ネット上の便利さというか、そういったもののに移行するのが早い気がする。例えば、Netflixとか。と言ってもあくまで傾向だけど、女性はアナログ、男性はデジタル(新しいもの好き)と言うのはありそうな気がする。あと、特典の好みとかも違いそう。

よって、要約すると、女性向けアニメはBDで売って、男性向けはネット配信するとよさそう。

おわり。


おそ松人気に見る傾向


おそ松さん、人気あります。

キャラクターの魅力がすごかったんだろうなと。


2016冬アニメ


「この素晴らしき世界」はすごく面白いです。

あと「GATE」を見ています。こちらも面白い。個人的には、こちらのアニメも割りと異色で、自衛隊美化っていうのが言われているけれど、あまり気にしてない。


アニメ本数が多すぎる時




秋アニメはあまり見てなかった気がする。

冬アニメもなにか見る気が起きない。

でも面白そうなアニメはいくつかあって、例えば、GATEはもう古い作品だけど、自分はこれをアニメで1期見ていたし、面白かったので、2期も面白そうな気がします。

あとは、あまり確認してないなあ。

アニメや個々の作品自体は素晴らしいんだけど、現在、自分の中ではなにかアニメ疲れ的なものが起こってる感じで、あまり見る気がしないという感じなのです。

この原因は、業界的問題なのか、個人的問題なのかよくわからない。

けど、確かに、巷で言われているように、アニメの本数が多すぎると、なかなか選ぶのに疲れてしまって、というのはある気がする。

これは、携帯選ぶのに似てて、例えば、「携帯種類が多すぎてどれがいいのかよくわからないから、iPhoneで」というよく分からないユーザー心理に似ている気がする。

で、アニメの場合、別に必需品というわけでもなく、「選ばない」という選択肢も携帯よりは大きい気がする。

ちなみに、適当なので、これが一般的なユーザー心理なのかどうか知らない。


sshでvncを起動した上でlogoutしても接続する


disownを使えば出来ます。


$ x0vncserver -display :0 -passwordfile /path/to/foo &
$ disown
$ exit
--------------------------------
$ open vnc://ip:port



ブログにコメントシステムを付けた話


コメントをブログにつけてみることにしました。使用したのは、m2w/talaria

追記


結局外しました。コメントこないしね。

あと、以前、Bloggerでも使えるかもしれないと言いましたが、一つだけ注意点があると思っていて(実際は試してないのでわからないけど)、それは記事のURLです。デフォルトでは日付入りで20XX/XX/XX/articleみたいな形になってなければならなかった記憶。コメントのJSソースコードを修正すればいけると思いますが。


答えと真実


ここで言う答えというのは、ここで言う正しさや真実というものでは全く無かった。

多くの人は正しいことが答えだと結びつけるかもしれないけれど、私の中にはその感覚は皆無だった。

では、私が言う答えというものがどういう形なのかというと、それは、正しさでも真実でも、ましてや他人を納得させるためのものでもなんでもなく、単に、実現可能なレベルの最適解のことを言っているに過ぎない。

例えば、正しければそれが実現可能かというと、そうでもない。

そして、それらが実現できないようなとき、人はこう言うだろう。

「だったら、どうしろっていうんだ。どうしようもないだろ」と。

これは、正しいこと、本当のことなんて実は最初からわかってた時の言い草だった。

人間社会で言う正しさが、必ず実現可能なものかというと、そうではないのだと思う。また、社会的な価値観以外にも個人的一般的価値観で言われる正しいこともそうだろう。それは必ずしも実現可能なものではない。

しかし、私が考える答えというものは、そうではなく、実現可能なレベルのそれを言うことが多かった気がする。つまり、最短ルートの提示みたいな感じのものではないだろうか。ただし、人の一般的な正しさからかけ離れて理解不能だと思われるそれを、答えと称する事も稀にあるが、これは今回の話とは関係がないので、これについては省略している。

正しいことを言うのは簡単だし、真実を突きつけるのも簡単なことだ。

そして、多くの人がそれを理解し、認識している、と私はそう考えている。

なぜなら、多くの人はそれをつきつけられた時、妙に納得することが多いからだ。

これは、鏡を見ると、そこに映っているのが紛れも無い自分だということを理解していることと似ている。

「こんなの本当の私ではない」と否定しても、それは紛れも無くあなただ。

しかし、これが答えか、鏡に反射するものを読み上げるのが答えかというと、そもそもこれらは私が考えるそれではないことが多かった。

以前、こんな感じの話をしたことがあったような、なかったような気がするので、それの補足。


多くの人は本当のことを知っている


私は、多くの人は本当のことを知っているなあと感じることがよくあります。

例えば、人が正しさや真実をつきつけられた時の反応でよくあるのは「ほんとうは最初から知ってた」というものも多い気がします。それは、心の何処かでそう感じていたからこそなのだろうし、やっぱり最初から知ってたんだなーと感じることも多いのです。

また、人が人の話に納得するのもそういった側面があると思います。

納得というのは、その人の既存の知識やなんやをひっくるめて得られるものであって、なにもないところから得られるものではないからです。

ただ、だからこそ、甘い嘘に飛びつきやすいというのもあるのだと思います。

そういうのは、やはり、最初から知ってるからこその反応だったりするのではないでしょうか。

そんなことを思ったのでした。

おわり。


このすば


このすば、アクアが一番可愛いのではと思い始めてる。


認められるには


昨日の記事では、基本的にはあたりまえのことを書いたに過ぎないと思ってる。

つまり、「人に認められたければ、人を認めよ」と言ってるだけだから。

これは、誰もが論理的帰結から導ける答えであり、特別なことは何も言ってないつもり。

鏡のようなものを用いても導ける答えであり、鏡を使って導ける答えは答えではない。それは単純な反射に過ぎないと個人の中では決まっている。

まあ、正しくはあるが、面白い答えではないということなんだけど。

だからこそ、人に認められたくて仕方がない人ほど、なぜ人を認めようとしないのか、私はちょっと疑問に思ったりもする。

こういう人は勝ち負けで全部決めつける傾向にあると思う。だから、人を認めたほうが敗けと思っているのかもしれない。

でも個人的には(客観的には)、人を認めたほうが勝ちなのではと感じたり。旗から見ているとの話だけど。


すごいと思える人


ドラマとかアニメではよく「周りから立派に思われるような人間になりなさい」というセリフがある。しかし、私にはあまりピンと来ない。

したがって、

「すごいと思われる人より、すごいと思える人になりなさい」

私ならそう言うだろうと思った。

確かに、周りから立派に思われる人間は素晴らしいと思う。周りからそのような評価を得られることは難しいことだからだ。

しかし、私は、すごいと思われる人より、すごいと思える人のほうが素晴らしいと思ったのだった。


milligram


bootstrapからmilligramに移行してみたした。

後変更したのは、_config.ymlで以下。


include: [.htaccess, .htpasswd]

gems:

  • jekyll-redirect-from

      <br />

コメントシステムで気に入ってるもの


ちょっとブログをカスタマイズしてみようかなと思っています。このブログは結構シンプルな構成で、slimとかerb, hamlで書いてることを見る限りでは、勉強用ぽいです。


$ bower install milligram async m2w/talaria


distにあるファイルを適時読み込む。例えば、talariaの場合は、以下の様な感じ。talariagh-pagesに対応してないのかもです。commitを参照し、そこのコメントを読み込むシステム。

/bower_components/talaria/dist/talaria.css

/bower_components/bluebird/js/browser/bluebird.js

/bower_components/talaria/dist/talaria.js

注意


ここでのブログという表記はMiddleman and GitHub Pagesで作成したものを言います。このブログ、つまりBloggrではありません。注意してください。

当該コメントシステムは、Bloggerでも動かせると思いますが、しかし、Bloggerのソースコードの書き方、独特だからなあ。あまり触りたくないのと、そもそもコメントする人がいないというのがあるので、このブログには関係なさそうな話題だった...。


パズルを作ってみたけどパズルぽくなかった問題

前にちょっとパズルぽいものを初めて作ってみたけど、そういうの作るのもすごく難しくてパズル作れる人すごいなーと思ったのでした。おわり。

MBAのキーボードが壊れていってる


具体的には、jがへたりまして、中のシリコンが壊れました。本体と分離して不安定な状態。

なので、瞬間接着剤で慎重に取り付けました。これを間違うと機能しなくなるので、本気で慎重にやる必要があります。

で、1回目は失敗。重くなってしまって機能しなくなったので、あまり使わないキーのやつを本体から分離させて、jに置き換え、再度、接着剤で取り付けました。MBAは2台持ってる。

なんとか上手くいったみたいでよかった...。ただ、その際に2台目のMBAのfnキーを引っこ抜いたので、そちらが重くなってしまったなあ、まあ、仕方ないか。

現在、サブであるMBAのキーボードを相当程度移植する羽目になっています。

新しいの欲しいなーと思いつつ、最近のAppleは大丈夫なのかなーと思っていたり、新製品が安定してなさそうだったりするので、まあ、壊れてからでいいかという気にもなっていて微妙。


自分は正しいと思うこと


自分は正しいと思うことは悪いことでしょうか。

いや、全然悪いことじゃないです。

ただし、「自分は正しい」と思うこと、書くこと、これは迷いではありません。そこに迷いはありません。

じゃあ、私が書く記事はどうだっただろうと考えてみると、色々なパターンがあった気がしますね。

自分は正しいって書くこともあれば、思ってることを書くこともありますし、そう言います。

しかし、どちらが多かったのかというと、後者のほうが多かった気がします(私の中では)。

それが正しいかどうかはどうでもよくて、自分の世界観の表現、読み返してみると、そんな感じのものが多かった。

世の中色んなタイプの人がいて、自分と異なるタイプは間違っていて、自分のタイプは正しいと書く人もいれば、その逆をやる人もいます。

とにかく色んな人がいて面白いので良いと思います。


本当の迷い


迷いについての話。

多くの人って、基本的に迷わないのですよね。いや、確かに迷っているように見える人も多いです。例えば、Yahooに質問したり。でも、質問している本人は既に答えを出している事も多いわけで、彼らが何を求めているのかというと、一つは自分の答えへの共感や後押しだったりします。

そして、私が読んでいるブログなんかでも、書いている人の迷いというものが感じられる記事はほぼ無かった気がします。

では、本当の迷いっていうのは何でしょう。

これは、基本的に、何をすればいいのか、何が正解か、何が答えか、何が自分の考えか、分からないっていうことですね。そして、もう一つ重要なのは、「今現在」という時間軸での話であることです。

過去の自分を見て、「あの時は迷走してたなー」っていうのは、それは本当の迷いではありません。

そして、そういう場合、当時迷っていたことも稀でしょう。自分は正しいと思い、行動していたが、振り返って考えてみると、迷走してたなっていう話なだけで。

なぜわたしが読む記事に迷いが一切感じられないのかというのは、書いてあることがたったひとつのパターンに収束されてることが多いからです。

ここで、そのたったひとつのパターンと言うのは、何かというと、「自分は正しい」です。

つまり、多くの記事は「自分は正しい」と言ってます。

例えば、書いている人が自分を迷っている人間だと認識する場合の「自分は正しい」はこうなります。

「迷ってない人間は惰性である。自分はよく迷っていたので、惰性ではない。よって、自分は正しい」

分かりにくいですね、すいません。

しかし、言ってることは非常に単純です。

単純に、他者(大勢)を見下した上で、自分を持ち上げようとしたり、より高く見せかけようとする記事があったりして、やっぱり書いている人の個性が出るものだなと思ったりします(自分の書いたものを含めて)。こういう分析を行うと、ある人が書く記事はほぼ100%の確率でこうなってたりするのがまた面白いところだったりします(自分の書いたものを含めて)。

私は、これらを迷いだとは思いませんでした。

単にそう思ったというに過ぎない記事ですが、こんな感じで。

まあ、自分を正しいと思うことは別に悪いことでもないのだけどね。


孤独を武器に


サイコパス(アニメ)では、「孤独を武器に」という趣旨のセリフがあったと記憶しているが、私はこの台詞に違和感を感じたものだった。

セリフの主は、槙島聖護(サイコパス、ゼロの人)だったし、彼は特別な人間なので、そういう立場上のアレがあったのかもしれない。

反対に、私は特別な人間でもなんでもなく、ごくごく普通の人間であり、だからこそ、「孤独を武器に戦う」みたいなセリフに違和感を感じ、理解できないのも無理はないのかもしれない。

それでも、私が思ったのは、「わざわざ孤独を武器にする必要あるのか?」ということや「そもそも戦う必要あるのか?」だった。

孤独というものは、ある意味で自分が作り出しているというものであり、または、他者からの自分に対する認識だとも言える。

私はよく一人でいることが多いし、それを好むが、自分が孤独だと思ったことは全く無かったし、寂しいと思うことは皆無だった。

こうは言ってるが、私は、自分では割と社交的に振る舞えると思っているし、何らかの集まりや最初の頃は、積極的に人と話をしたり、聞いたりすることが多かった。

しかし、その積極性は、最初だけであり、長続きしないというのが、私という人間だったし、その性質も昔から理解をしていた。

こういう人間は、話せる人はある程度いるし、すぐに作れるけど、友達と呼べる人間は一人もいないのが通常だ。そして、時間が経過すればするほど、こういう人間と他者との距離感は圧倒的に遠くなっていくと思われる。

これを周りから見れば、孤独というのだろう。

しかし、私はそれを特別視する必要性を感じない。

むしろ、多くの人はマンガやアニメ、TVに影響されすぎているのではないかとさえ思う。

友達、友情、他者との関わりが大切だとは言うけれど、それがあまりに強制され、一般化されすぎているように感じる。そして、それは私にとって、当たり前のものでもなんでもなかった。

だからこそ、一般化されすぎた関わり合いからはじき出されたものが、孤独を特別視し、武器にしようとするものさえ出てくる始末なのではないだろうか。

私は、基本的に一人で遊ぶのが好きで、一人の時間を好む。私は、基本的に沢山の人達が一緒に遊んでいるのを外から眺めるのが好きだが、一緒に遊びたいとは思わない。私は、ごく稀に、一緒に遊びたくなって仲間に入れてもらうが、次の日には一人で遊んでいる。

そういう感じの、ごくごく普通の人なので、わざわざ「孤独を武器に」する人達の考えは理解しかねる気がする。


何かの質問



例えば、あなたは子供です。公園ではたくさんの子供達が一緒に遊んでいます。ここで、あなたはどう思い、どう行動しますか。

そういう質問があったとして、こういう質問で周りとの距離感が分かるような気がします。

私の場合は、基本、一人で遊ぶかな。ただし、みんなで楽しそうに遊んでいる人達を見るのも楽しい。だからこそ日常系のアニメとかも好きなわけで。

けど、仲間に入れてもらおうとは思わず、たまに入れてもらって遊ぶこともあるけど、次の日には一人で遊んでいると思う。

こういうのを孤独かというとちょっと違う気もしていて、また、孤独を武器に戦うというセリフもあったりするけど、なんじゃそりゃと思ったことを思い出したりした。仮に、孤独がとてもつらいことであるがゆえにそれが修行となりとても強い武器になるみたいなこともない気がする。そんなことを思ったのでした。おわり。

周りと自分



周りは少なからず自分の心を乱し、そして、自分も周りの心を乱すこともあるでしょう。

ここで、人が取りうる行動はたくさんあります。

そして、人によって出せる答えも変わってきます。私の場合。

特にこういった問題の場合は、そういうこともあるということで。

例えば、周りの人達を見下すような性質が変えられない人には、私は、その性質を利用するのが一番良いとそう答えるでしょう。

正直、周りなんて気にする必要はないと思うのだけど、どうしてもそれをやめられないというような場合、無理に深呼吸したり、呼吸を整えようとしたりするのではなく、自身の反発精神というのかそういうのを利用するのが一番賢い方法だと思います。

つまり、「周りの人たちは、自分の心を乱そうとしている、貶めようとしている」とそう考えれば、反発性新旺盛な人は、その逆をやろうとします。なんとしてでもその思惑に嵌ってたまるかとそう考えるはずですので、その性質を利用するということです。

ただし、これには弊害もあります。

どのような弊害かというと、既に推測してる人もいると思われますが、周りの人達がいい人ばかりだった場合、その人は完全に崩壊するでしょう。

また、反発性新旺盛な人ほど、その思想をコントロールされやすいものはありません。炎上商法なんかもその性質を利用するものもたくさんあるわけで、ひとことで言うと、こういう人達ほど逆にコントロールされやすいのだと思います。

世間が正しかろうが、間違っていようが、とりあえず反対のことを言っておけば納得しやすいのですから、これほど簡単なことはありませんよね。

まあ、このやり方がうまくいくかどうかはわかりませんが、周りによって心が乱されることが多いような環境にいる場合で、かつその人自身が反発性新旺盛な人であるならば、私は、「周りの人たちはあなたの心を乱そうと企んでいるとそう考えるといいよ」とそう言うでしょう。私が出した答えはこんな感じだったので、適当に書いてみました。

同じようなことを繰り返すよりは、自分を知ってるのに、その情報を使わないのは、私としてはなぜなのかよくわからないなあと思います。

その情報は、答えを出すときには常に使うべき情報だと思われます。だからこそ、自分を知ることの優先順位は非常に高いです。

そして、よく逆指標を使って物事を判断する人は、反発精神が強い傾向にあると私は思います。「世間で頭がいいと言われるものは、逆に悪いよ」、「世間で健康によいと言われるものは、逆に悪いよ」というようにですね。

私の場合、割りと、その物事そのものに反発した結論を出すのではなく、ある意味で内容重視な側面が強いです。

まあ、これも世間から見たら、とてつもなく冷たい考え方なんだろうなとは思います。そうですね、私はとてつもなく冷たい物の見方をします。私の場合、世間は間違ってるっていう反発ではなく、世間なんて知るかっていう感じなので、まあ、そうなります。

そして、この「知るか」っていうのもニュアンス的に捉え方が難しいと思うのですが、個人的な感覚から言うと、あまり気にしないって感じかなあ。世間的にどういうものであろうと、正しいものは正しいって言うし、間違ってるものは間違ってるってはっきりいいますよ、くらいの意味。


心と呼吸


呼吸を安定させること、そして乱れなくすることは非常に重要だと思われます。

しかし、難しいですよね。今までどれだけの人がこれに取り組み、そして止めていったのでしょう、続かなかったのでしょう。そんなことを考えると、とても難しいことのように思います。

呼吸とは自然な行いです。そして、自然な行いを変えるのは、潜在的には難しいことです。たとえ気づいた時だけ直しても、根本的には変えられない。

こう考えると、呼吸というものは、心というものに似ています。

どちらも自然かつ無意識的な領域のものだからです。

ここで、心を変えることと、呼吸を変えることのどちらが簡単で、どちらが難しいのでしょうか。

答えとしては、呼吸を変えることのほうが簡単ですが、効果が薄く根本的な問題解決は難しいということと、心を変えることは難しいが、それによって根本的な解決が可能となる、という感じだと思われます。


心の中を覗かれて困る人


私は今まで、心のなかを覗かれて困る人なんて、本当にいるのかなーと、どことなく、そういう風に思ってた気がする。

多くの人の心のなかなんて、普通は、可愛いもんなんじゃないのーと、そう思っているし、多分、そんなに困る人なんていないと思う。

いや、自分の心が清く正しいなんて思ってはいない。

ただ、なんて言えばいいのか分からなけど、正直、心のなかを覗かれても、そんなにごちゃごちゃ散らかってるとも思えず、はっきり言って、ほとんどなにもないというか、覗かれても、殆どの場合、なにもないのが通常なんじゃないかとそう思っているのだろうなーと。

そりゃ、嫌なことを考える時もあって、そんな時に覗かれたら嫌だろうけれど、しかし、ほとんどの人は、そんなこと滅多にないわけで、やっぱり、心の中を覗かれて困る人はそんなにいないと思うし、ごくごく少数なのではないかなと、そんな風に日頃感じています。

大抵の時間というのは、人にとって何かに没頭してたりで忙しく、そんな他人の嫌なこと(他人にとって嫌なこと)考えてる時間ないと思う。


面白いこと


自分が書いた過去記事を読んでいて、心の底から面倒くさいと思いました。

おわり。



例えば、学歴が頭の良さ、本当の頭の良さに関係してくるのかというと、私は、必ずしもそうは思いません。

しかし、本当の「関係がない」ということを勘違いしている人もいるかもしれないので、今回はそんな話。

実は、関係がないというのは、あくまで関係がないということであって、逆指標には成り得ません。

世の中にはいろいろな人がいるもので、あたかも学歴が本当の頭の良さと関係があるように考えている人もいれば、それとは全く逆で、学歴がある人間は、どこか曲がっていて、頭が悪いと考えている人もいるようです。

そして、学歴=頭が良くないと考える人が言うには、「学歴は頭の良さ、本当の頭の良さとは全く関係がない」らしいのですが、しかし、この場合のそれは、全く関係がないということにはなりません。

また、プロスポーツ選手の健康についても、逆指標を使って、プロは怪我や故障ばかりだというのだけど、正直、それが日頃から行っているトレーニングの良し悪しと関係あるのかどうなのか、私には分かりません。

本当のところを言うと、学歴があるにしろ、学歴がないにしろ、頭が良い人もいれば、悪い人もいるのが通常だと思われます。

反対に、プロスポーツの人もそうで、一般人でも健康な人もいれば、不健康な人もいるでしょう。果たして、学歴がある人間ばかり頭が悪く、また、プロだけが不健康なのでしょうか。極端に考える人の意見というのは、大抵の場合間違いで、それは確率から言っても説明できるのだけど、そういう視点で物を物事を見ることがない人もいて、それはそれでいいんだけど、そういったセンセーショナルな言い方のほうが受けがよく、人気が出るので困ったものだなとたまに思うことがあります。

例えば、確率的な視点で物を見るというのはどういうことでしょうか。

一つは、自然的な現象がどのような確率で形成されているかを考えてみてください。それはバランスの取れたランダムに見えるようで、関係性があるような微妙な形を形成します。

そもそもあらゆる自然現象が確率的にピッタリと当てはまるならば、未来予知が可能なはずですが、現時点ではそうはなっていません。地震予知や津波余地など。また、例えば、プロは100%の確率で不健康とか、学歴がある人間は100%の確率で頭が悪いというような統計が存在するとは到底思えませんし、もしそんな単純な世界構造なら、この世界は単純なバカが作ったバランスが悪いシステムになっていることになります。

しかし、現実問題、この世界は極めてバランスが取れ、循環するシステムを構築しているように見えます。つまり、人間が思っているほど単純ではないのです。

体の構造一つ見ても、やはり、そうそう単純ではありません。健康や頭のよしあしについても、単純にこうだからこうというわけにはいきません。単純な逆指標のみにも傾きません(もちろん、逆指標として傾く時もあります)。

そして、本来、「関係がない」と考えることは、例えば、学歴がなくても頭がいい人もいれば、悪い人もいるし、学歴があって頭がいい人もいれば、そうでない人もいる、そのように考えることが、「関係がない」ということなのではと思ったので、適当に書いてみました。

物事を人間の脳でも処理しやすいよう単純に考えることは大切ですが、実際問題、あらゆる物事もこの世界自体も、そんなに単純で明解ではありません。もし単純で明解なら、とっくの昔に賢人が解読しているはずです。しかし、そうはなっていません。

この世界もあらゆる事象も、大抵の場合、0か100ではありません。確率的に見てもそうである確率は低いでしょう。

もちろん、ある種の傾向は伺えるかもしれません。例えば、学歴がある人は頭が良い確率が高かったりなど。

ただ、私は、目の前の物事を判断する際に、あまり先入観は持ちたくないと考える傾向にあり、そのため、関係がないと思うようにしていることも多い気がします。

しかし、実際問題、あらゆることが関係してくるのでしょう。世の中には全ては必然だという人もいて、一つの側面に確かにそれは正しいことだと思います。

けれど、私にとっては、そこまで仔細に解析することも、また解明したり、それを表現することも難しいため、自分としては、やはり、「それらは関係しない」と考えるのが一番適切だろとそう考えています。

すごくわかりにくい話をしてしまいましたが、今回の話はこれでおわりです。おつかれさまでした。


jot-command


jotは乱数作成コマンドです。ただし、2回ほど同じものが作成される確率が高いので、注意。

Arch Linux



$ curl -O https://raw.githubusercontent.com/axilleas/aur-mirror/master/athena-jot/PKGBUILD
$ # 実際はダブルクオーテーション必要
$ echo 'package(){make DESTDIR=$pkgdir install}' >> PKGBUILD
$ makepkg

$ pacman -U athena-jot.pkg.tar.xz
or
$ cd src/athena-jot
$ sudo make install
$ sudo cp jot /usr/local/bin
$ exec

5-10までの乱数を1回作る

$ jot -r 1 5 10



小さなことから


なんか最近、やたらとスケールが大きな話ばかりしてしまったので、しばらくは、小さく手短な問題でも書いてみようかなと思っています。

こうは言ってますが、小さなことでも、大きなことでも、その本質はあまり変わりません。

まずはそこ話しからですが、じゃあ、小さなことって一体何なのだろう、大きなこととは一体何なのだろうという疑問から。

ここでは、小さなことの集合体が一般的に言われる大きなことを意味します。

例えば、iPhoneあるじゃないですか。iPhoneで部品の集合体です。

そして、個々の部品が一つ一つ完成されたものだからこそ、iPhoneも完成されたものだということです。

多少は欠けたり、増したりする部品(上下のこと)はあってもよいかもしれませんが、大きく欠けてしまうものが一つであると、全体としてダメになってしまう的な話です。反対に、完成されたものは、幾つもの完成された部品で成り立っているという話でもあります。

ここで、小さな物事を一つ一つ完璧にこなすと、やがて、大きな完璧が出来上がるでしょう。これは当然のことです。

ただし、忘れてはならないのは、成功と小さな物事にこだわることとは直接的な関係はありません。「言われた小さなことをちゃんとこなしていれば、やがて大成功する」とは考えないほうが良いです。

なぜなら、この場合、部品を組み立てるのはあなたではないから。この場合のあなたは、小さな一つの部品に過ぎません。完璧ではあるものの、それ自体が集合体ではないのです。

確かに、小さな完璧な部品を製造しているメーカーもiPhoneによって多少の恩恵は受けていると思われます。

しかし、その利益の大半は、あくまで、集合体としてのiPhoneを組み立てて売る人達の手に渡ります。

ちなみに、iPhoneが売れるのはOSが良いからという理由も大きいので、これはあまり良い例ではないかもしませんが、言いたいことは伝わったと思います。

つまり、小さなことは大切だし、大きな流れというか、全体像の把握も大切だということです。

どちらを重要視するかは、やはり、その人に合うか合わないかという問題でしょう。


最近のボカロ事情


最近、YouTubeで情報を集めるようになりました。そんなこともあり、こんな感じのコマンドを使って情報収集してる気がします。

自分のマイリストは変更があれば自動で更新されていくようになってます。もしよろしければ参考にしてみてください。


$ curl -sL anicat.gitlab.io/vocaloid/url.json | jq .

$ curl -sL anicat.gitlab.io/vocaloid/mylist.json | jq .


UserAgentの設定



$ chromium --user-agent=$agent



$ cp ~/.mozilla/fierfox/xxx.default/prefs.js ~/.mozilla/fierfox/xxx.default/prefs.js.backup

$ cp ~/.mozilla/fierfox/xxx.default/prefs.js.backup ~/.mozilla/fierfox/xxx.default/prefs.js

$ echo user_pref(general.useragent.override,$agent); >> ~/.mozilla/firefox/f1srmwne.default/prefs.js


agent : https://github.com/opudalo/useragent-list/blob/master/src/useragents.xml


無という概念


「無」という概念というか、この言葉について感じることを書いていきたいと思います。個人的な考えというか。

まず、私はこの存在の世界には、「無」というものは存在しないと思っています。存在の世界では、常にそこには何かが存在している世界です。したがって、絶対的ゼロという数字、または無という概念、存在しえないとそんなふうに考えているのです。

多くの人が考えている「無」のイメージは私にとって、それは「無」ではありません。なぜなら、真っ暗な空間、何もない空間であっても、そこに空間があるかぎり、それは無ではないからです。それは、真っ暗な空間というものが存在している存在の世界の一部です。

したがって、私達は、本当の無というものを知りませんし、理解できません。そんなふうに考えているのです。

例えば、宇宙は無から始まったという考え方があります。なにもないところからいきなり大爆発が起きてという説明です。ビックバンというのでしょうか。

ただ、私は、宇宙の始まりが何もないところからいきなり始まったという考え方を基本的にはしません。

私は何かがあって、単にそれが広がっただけだという考え方をします。

前に説明したことがあるかもしれませんが、宇宙の始まりを私はよく創造種という言葉で表現しています。

えっと、既にこの説明したことがあった場合、再度説明するのはあまりにバカバカしく見えるので、簡潔に言います。種ってありますよね。イメージとしては植物の。で、その種を土に植えて、日光に晒し、そして水をやると、どんどん成長しますよね。あんな小さなものがこんな大きくなります。例えば、あなたがもしアリのサイズだったとして、自分と同じくらいの大きさだった種が、やがてめちゃくちゃ大きくなります。信じられないくらい大きくなります。びっくりするほどに。でもこの種ってひとりでに大きくなったものなのでしょうか。それは違いますよね。具体的には土や太陽、水があってこその成長だったのです。これは宇宙の始まりにも言えることだと私は考えています。つまり、めちゃくちゃ小さかった宇宙の始まりをもたらした種は、宇宙の外側にある世界のエネルギーによって、すくすくと育っている(現状として)。だけど、それは内部にいるものからするとわけがわからない、そんな感じの考え方です。これは一般的ではないかもしれませんし、私が勝手に言ってるだけの話ですし、私はあまり宇宙関連の本を読まないので、現在、どういった考えがあるのか知りませんけれど(興味もない)。

話を戻します。

ここで、宇宙の始まりでさえ私は無だと考えません。

なぜなら、なにもないところからは何も生まれないとそう考えているからです。

最初からなにかあった、そう考えるのです。

なので、私が考える世界観、存在の世界では、本当のゼロというものは存在せず、無というものも存在しません。

常に何かがあり(存在が)、存在が存在で有り続ける世界。そんな感じ思ってます。

おわり。


blog



もう2週間たったのか...


ブログをほったらかしにして、もう2週間が経ちました。



amazon-ebook-sim-500m



500MBまで月額無料で最大月1600円/5GBのSIM(so-net)


http://www.amazon.co.jp/dp/B019OBM25Q/

デジモノステーションという雑誌を買った。

目的は、付録のオリジナルSIMカードで、内容は見出しの通り。ただし、IIJと違い使わなかった分がストックされないのが辛いとは思うけど、持つ分には問題なさそう。

正直、so-netというか、ソニーがやる事業に関しては胡散臭さしかないという印象があるので、怪しんでるけど、とりあえずは雑誌だけは買ってみた。

ちなみに、私はデータ通信で月々500MBも使うことが殆ど無い。いや、正確には、Wi-Fiを繋げない環境下でのデータ通信で月500MBも使うことは少ないと言ったほうがいいか。基本的には外でもWi-Fiで繋げられるなら繋げてるし、家ではもちろんWi-Fiだ。

なので、そもそもの所、一般人がキャリアと契約して月々6000円もする定額基本料金(通話料別)を支払う必要性に疑問を持っている。みんな、そんなに通信が必要なのだろうか。または、通信が頻繁に必要だったとしても、Wi-Fiが繋がらないような特殊環境下で通信する事がそんなに多いのだろうか、そう思っている。

したがって、このような志向のSIM Cardは、一般人の私には合ってる気がする。

ただし、このような明らかにお得なサービスは、怪しさも十分にある。それが、一般的なキャリアとの契約と比較して、相当マシな部類に入るとは思うが、それでも、一定の用心は必要だと思われる。

契約内容としては、解約料不要で、違約金もかからず、いつでも解約可能である。しかし、契約が必ずしも履行されるとは限らない。この点については、契約内容ばかりに言及しており、安心だと言ってる人がいるけど、契約はあくまで契約だ。後々変更される可能性や履行されない可能性もあり、その場合は、個人消費者としては割とどうしようもない。先方が債務不履行を発生させたとして、その場合、訴訟提起や裁判費用、時間的損失及び、勝訴した時のメリットなどが少なすぎて、そこまでして請求する人間は普通いないだろうと考えられる。反対に、so-netは個人情報を収集することだけを目的に発案したのかもしれない。その場合、目的が達せられた時点で、契約が守られない可能性がでてくる。

まあ、必要だと思った人は、その点を留意し、申し込めばいいと思う。


heroku-free


HerokuをFreeで上手く使うには、1日にアプリを6時間休ませる必要があり、かつ30分リクエストがないと、Sleepしてしまうようなので、例えば、5分ごとにリクエストを送る、アクセスするという仕組みが必要になってきます。
以下、そのためのコマンドとかを紹介。

まずは前提で、redistogoを追加して、Freeで設定したり、スケールを最小に設定したりします。


add : credit card

$ heroku ps:scale web=1
$ heroku addons:add redistogo:nano



次にスケジューラーの設定です。


$ heroku addons:add process-scheduler
$ heroku addons:open process-scheduler

H24-H6=0


$ npm i hubot-heroku-keepalive -S
$ vim ./external-scripts.json
hubot-heroku-keepalive
$ heroku addons:create scheduler:standard
$ heroku addons:open scheduler

curl ${HUBOT_HEROKU_KEEPALIVE_URL}heroku/keepalive

H24



まあ、こんな感じで。連続で稼働させたいなら、2つのBotを交代させながら使うとか。


github-orgs-rss


OrgsのFeedは、Private Tokenが必要みたいです。他に取得する方法ってないのかな。


https://github.com/organizations/$team/$user.private.atom?token=xxxxxxx==



hubot-twitter-and-rss


SlackにもHubotを使っていろいろな情報を流してみたいです。ということで、とりあえず、TwitterとRSSを流してみることにしました。

https://github.com/estiens/hubot-twitter-mention-v2


$ npm i hubot-twitter-search -S
$ vim external-scripts.json
hubot-twitter-search

$ heroku config:add HUBOT_TWITTER_CONSUMER_KEY='Your–consumer-key-here
$ heroku config:add HUBOT_TWITTER_CONSUMER_SECRET='Your-consumer-secret-here
$ heroku config:add HUBOT_TWITTER_ACCESS_TOKEN_KEY='Your-access-token-here
$ heroku config:add HUBOT_TWITTER_ACCESS_TOKEN_SECRET='Your-access-token-secret-here
$ heroku config:add HUBOT_TWITTER_MENTION_QUERY='検索キーワード
$ heroku config:add HUBOT_TWITTER_MENTION_ROOM='general


https://github.com/shokai/hubot-rss-reader


$ npm i hubot-rss-reader -S
$ vim external-script.json
hubot-rss-reader

slack command

@bot_name help
@bot_name rss add url
@bot_name rss list
@bot_name rss delete url



手順は何となくわかると思います。


slack-slackin


Slackは招待制ですので、自動招待にしてくれるSlackinを使ってみました。

https://github.com/rauchg/slackin

同じくHerokuのDeploy Buttonがあるので、それで。

手動でやる場合は以下。


$ npm install -g slackin
$ slackin $your-team-id $your-slack-token


hugo-github-branch-wercker


werckerでdeploy:が実行されなかったので:buildで書いた時の話。


box: wercker/default
build:
steps:

- arjen/hugo-build:<br />    version: '0.14'<br />    theme: $hugo_themes<br />    flags: --buildDrafts=true<br />- script:<br />    name: Deploy to github pages<br />    code: |-<br />        cd ./public<br />        git add .<br />        git commit -m '$co_message'<br />        git push -f $repositry_url master<br />



追記 : 現在は色々変わってると思います。